石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『姫百合たちの放課後』(森奈津子、フィールドワイ)感想

姫百合たちの放課後 (Book of dreams)

姫百合たちの放課後 (Book of dreams)

淫靡なのに陰湿でない百合コメディ

「お笑いレズビアンSM」という基本路線に「エス」や「SF」の要素を加えた百合小説短編集。どの作品も官能描写はしっかり淫靡なのに、お話が少しも陰湿にならないところがお見事です。男性目線で書かれていない、良質のレズビアンエロコメをお探しの方におすすめです。

官能描写について

非常にきめ細やかで美味しゅうございました。よくある「ヘテロの書き手による、ヘテロを興奮させるためだけに書かれたレズビアンポルノ」の糞ださいセックス描写(愛撫の仕方がセックス下手な野郎みたいだったり、つまんない『棒と穴』至上主義に染まりきっていたりとかするような)とは全然違っていて、安心して楽しむことができました。やっぱりエロ描写は、気持ち良さそうでなくちゃ!

なおSM表現については、「相手を(快楽のために)辱めはしても、蔑みはしない」という描き方になっていて、こちらもエロティックでよかったです。古来(なのか?)「SMのSはサーバントのS(『スレイヴのS』とする説もありますね)、SMのMはマスターのM」という言葉がある通り、Sって実はMの欲することを嗅ぎ分けてご奉仕する側でもあると思うんですよ。森作品のSM描写は、いつもそこのところのツボがきちんと押さえられていると思います。

笑いについて

収録作「二○○一年宇宙の足袋」のタイトルを見ただけで「参りました」と思いました。しかもこれ、しっかりSFしてますし、足袋もちゃんと重要な役割を果たすんですよ。それでいて中身はやりたい放題のエロ。楽しすぎます。他の作品も、同作者さんの『西城秀樹のおかげです』に負けないぐらい、エロスと笑いのバランスがとれていると思います。

当事者として共感できるところ

「放課後の生活指導」という作品に、女のコ同士の恋を「擬似恋愛」と決め付けて頭から否定する女教師が出てくるのですが、それに対するバイセクシュアルの主人公・美羽の怒りの独白(pp. 48-49)が泣かせます。

擬似恋愛だって? なら、レズビアンやゲイがこの世に存在していることは、どう説明するのだ? 彼らは成人してもなお、異性と恋愛するための練習を続けているとでもいうのか?(引用者中略)また、性科学における同性愛の研究は、すべて錯覚のうえに成り立っているとでも? ならば、同性愛を扱った文学作品や映画は皆、SFやファンタジーなのか?

ここに見られるのは『耽美なわしら』において「たまたまであろうと同性を好きになれば、もうゲイかレズビアンかバイセクシュアルかのどれかなのよっ」と叫ぶ彩子の怒りであり、異性愛至上主義の中で自分を異質なものだと思い込み、「SFというジャンルに、普通でない性を求めるようにな」(<SF Japan>vol.08, 2003)った若き日の森奈津子の悲しみです。そうした怒りや悲しみが「よくある女教師ポルノのパロディ」(「あとがき」p228より)というエロティック小説の形に昇華されているところが非常にユニークですし、好きだなあと思いました。

注意点

冒頭でも書いたように、「エス」の要素がパロディ的にちりばめられた(具体的には「姫百合たちの放課後」「姫百合日記」「お面の告白」「一九九一年の生体実験」あたり)一冊であるため、

  • いくらパロディであっても、「エス」的な世界そのものが苦手な方
  • 逆に、古典的「エス」の耽美な世界を愛するあまり、それがパロディ化されてギャグになることを好まない方

……には、ちょっと読みにくいかもしれません。

まとめ

「エロス」「お笑い」「百合(または『エス』)」「SF」の4要素を坩堝に突っ込んで生まれたマーブル模様のような、素敵な百合短編集です。耽美な「だけ」の百合小説ではもはや物足りない貴方/貴女に、おすすめ。