石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『百合姫Selection 2007SPRING (2007)』(一迅社)感想

薄い。(※雑誌の厚さの話ではありません)

「薄い。ただし袴田めらは除く」というのが正直な感想。なお、ここで言う「薄い」というのは、エロやガチ恋愛要素が足りないという意味ではなく、好き感情の描写そのものが凡庸で薄っぺらな感じの作品が多い、という程度の意味です。例外的に「彼女の猫は夢の番人」(袴田めら)(この作品については後述します)はとてもとても良かったのですが、その他は陳腐というかありきたりというか、どこかで見たような甘ったるい学園ものが多く、個人的にはやや閉口しました。

「思い出の冷蔵庫」のありあわせ料理ばっかりじゃなあ……

それで思い出したのが、2007年5月23日にうちの掲示板に自分で書いたこと。

(引用者注:ビューワー様の『百合ジャンルを成長させるのは内容の充実(多様性)であって、考証や取材をきっちりやった作品をもっと読んでみたい』という書き込みに対して)同感です。
藤子・F・不二雄の名言をちょっと思い出したりしました。以下、長くなりますがWikipediaの藤子・F・不二雄の項目から引用してみます。

↓引用ここから(改行は引用者)↓

よく『漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ』だとか、『人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない』だとか言われますが、私の持っている漫画観は全く逆です。

人はゼロからストーリーを作ろうとする時に『思い出の冷蔵庫』を開けてしまう。自分が人生で経験して、『冷蔵保存』しているものを漫画として消化しようとするのです。それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様なハーブ類がありますか?近所のスーパーで買ってきた肉、野菜、チーズ、牛乳・・・どの家の冷蔵庫も然して変わりません。多くの『人並に人生を送った漫画家達』は『でも、折角あるんだし勿体無い・・・』とそれらの食材で賄おうします。思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。

しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。人生経験自体が希薄で記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。漫画制作でいうなら『資料収集/取材』ですね。全てはそこから始まる。その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。ここから可能性は無限に広がるのです。私はそういう人が描いた漫画を支持したい。

↑引用ここまで↑

百合ってまだまだ、「思い出の冷蔵庫」のありあわせの材料で作ったような、ありふれた学園ものが主流だと思うんですよ。でも、たまにはロブスターだって食いたいし、見たこともないようなスパイスの香りに目を見張ったりしたいじゃないですか。緻密な取材や考証にもとづいた百合作品が増えて、ジャンル全体の幅がどんどん広がってくれると嬉しいなと思います。

百合ジャンルが学園物ばかり、というのは、逆に言えばそうでないものを書/描けば頭ひとつ抜けられるわけで、チャンスでもあると思うんですけど。だれか書いて/描いてくれないかなー(他力本願/でもそういう新鮮な作品が出たら思いっきり応援するし、お金も突っ込むつもりです)。
今回読んだ『百合姫Selection 2007SPRING (2007)』は、まさしく「思い出の冷蔵庫」のありあわせ料理が主体といった感じで、あたしにはあまり面白く感じられませんでした。誰だって学生時代は経験してるし、たとえヘテロさんであっても友情なりセクシュアリティの揺らぎなりで同性に心ひかれた思春期の記憶を「冷蔵保存」しておられる方は多いのでしょうね、きっと。でも、そればっかり使った平凡な料理を延々と並べられても、もうおなかいっぱいな感じです。

あと、百合ジャンルの「思い出の冷蔵庫」料理って、記憶はすべて美化されるという法則にのっとり、調味料に砂糖しか使ってないようなダダ甘なものが多いと思うんですよ。百合もの自体が珍しかった時代であれば、「冷蔵保存」されたものにただ砂糖をまぶして出すだけでも十分新鮮だったでしょう。でも、今の時代にそれをやったところで、「またこれ?」「いつまでこの残り物食べればいいの?」「そんなに甘いものばっかし食えねー」と思ってしまいますよ、少なくともあたしは。残念ながら、『百合姫Selection 2007SPRING (2007)』には、そういう「陳腐な食材を甘ったるくしただけ」な作品が多いような印象を受けました。

ただし、これは創り手側よりもむしろ出版社の都合の問題かもしれませんけどね。つまり、「百合は売れない」という定説が、「百合は陳腐で甘ったるい学園ものでないと売れない」という定説にスライドしていて、最初から珍しい食材なんか使わせてもらえないだけなのかも、という気もします。だとしたら、ロブスターが食える日はますます通そうだなあ。

しかし、袴田めらは良かった!!

冒頭にも書きましたが、「彼女の猫は夢の番人」(袴田めら)が超絶良かったんですよ。これも学園ものなんですが、「あのやさしい絵柄で、ここまで人の胸に刺さるビタースウィートなお話を描いてくるとは!」と感じ入りました。『暁色の潜伏魔女』(双葉社)の暁登場シーンやロベルトの奇行を読んで笑い転げている場合じゃなかったです。いや、『暁色〜』も好きなんですが、今回「彼女の猫は〜」を読んで改めて袴田めらという作家の引き出しの多さに圧倒された感じ。

「彼女の猫は〜」の主人公が感じている痛みや切なさって、ガチな人(つか、あたしだ)にとっては思わず過去の実体験を思い出して「いてててて」とうめいてしまうほどリアルでありながら、ヘテロ恋愛でもじゅうぶん起こりうることだと思うんです。つまり、学園ものというよくある食材を使いつつも、「女のコ同士だからこうよねー」と安易に砂糖をぶっかけて終わりのお話じゃないんです、これは。むしろ、調理法やスパイスに入念な工夫をして、きちんと「人間の感情」を描いてみせた作品だなあと思いました。この作品のために定価880円(税込み)を払ったと思えば惜しくないです。

その他

「彼女の猫は〜」以外では、個人的にはこのへんがわりと好き。

  • 紺野キタの一連の作品の、どこかすっとぼけた雰囲気。
  • 「ラブレター」(乙ひより)の主人公の、けっこう激しい感情と、そのわりに行動力に欠けるところ。見ていて歯がゆいけど、それも思春期らしいかなーと。
  • 「星の向こうがわ」(森島明子)の、わりかし明るい未来を感じさせるラストシーン。
  • 「ヴィターシーク」(及川じんこ)のオチ。単純な「相思相愛でめでたしめでたし」でも「恋に破れた悲劇の主人公のアテクシ可哀想」でもなく、最後まで好きな相手のことを思いっきり大事にできているところがいいなあと思いました。

でも、これらには「この作品のために1冊まるごと買うぞ!」というほどのインパクトは残念ながら感じられなかったのもまた事実です。個人的な嗜好の差だと言われれば、それまでですけれどもね。

まとめ

全体的に「『思い出の冷蔵庫』の残り物に砂糖をまぶしただけ」的な陳腐な学園百合主体で、薄口な1冊。ただし、「彼女の猫は夢の番人」(袴田めら)はとてもとても良かったので、袴田めらファンならば読む価値あり。その他の方は好きずきでどうぞ。