石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『しずるさんと偏屈な死者たち』(上遠野浩平、富士見書房)感想

しずるさんと偏屈な死者たち (富士見ミステリー文庫)

しずるさんと偏屈な死者たち (富士見ミステリー文庫)

面白いんだけど、物足りない……

難病で寝たきりの、いわば一種のアームチェア・ディテクティブである美少女「しずるさん」と、その友人にしてワトソン役の少女「よーちゃん」が難事件を解決していくという、かすかに百合っぽい短編小説集。このふたりのキャラが立っている点と、全体に漂うダークな御伽噺めいた雰囲気は良かったのですが、内容的には百合小説としてもミステリとしても物足りない感がありました。特にミステリ要素の貧弱さは特筆すべき。とりあえず、次巻以降(2007年10月17日現在、2冊出ています)に期待。

しずるさんとよーちゃん

神のごとく頭脳明晰な名探偵しずるさんと、その誠実な友人よーちゃん……というと、ホームズ以来のよくある組み合わせのようですが、そこにもうひとひねり効かせてあるところが面白かったです。

とにかく謎が多いんですよ、このふたり。そもそもしずるさんもよーちゃんも、苗字すら明らかにされていません。しずるさんのかかっている病気の名前も不明だし、入院している病院も、なにやら得体の知れないミステリアスな場所。また、よーちゃんの方はどうやら警察に大きな影響力を持つ一家の出らしいのですが、いったい警察とどういうつながりがあるのかは最後まで伏せられたままです。しずるさんのところに通っていない間にどんな生活をしているのかも一切不明。家族構成とかも謎のまま。

つまりこのふたりは、まるで御伽噺の「昔々、あるところに女の子がいました」というのと同じぐらいリアリティから切り離された、どことなく幻想的な存在なんですね。猟奇殺人などのダークなお話が続く中で、この幻想的な少女たちがお互いのことをとても大切に思い合っている、という奇妙な構図がとても良かったです。

百合要素について

手つなぎどまりです。でも、これはこれで悪くないとも思うんですよ。百合要素以外の部分がしっかりしてさえいれば(←ここ大事)。

ミステリとしての本作品

残念ながら、成功しているとは言いがたいと思います。

計4本の短編のうち、第1章「しずるさんと唐傘小僧」まではそう悪い印象はなかったんですよ。やや強引な話運びではあるものの、「頭脳明晰な探偵とその可愛い助手」という点で、うまくすればこの後北村薫の「円紫さんと私」シリーズ的な路線になっていくのかも、と期待したりもしました。しかも「円紫さんと私」シリーズにはない殺人事件という要素も加わって、何か斬新な展開を見せるのかも、と。

残念ながら期待した通りにはなりませんでした。第2章以降はトリックに無理があるだけでなく、細部の描写が粗すぎて、読んでいてなかなか物語に没入できないんですよ。もっとお話にノりたいのに、細かいところで「これ変じゃね?」ってひっかかってばかりで、どうにもこうにもノれない感じ。「凡庸なミスの数々が、要所要所でお話の迫力を削ぎまくってしまっている」という表現で伝わるでしょうか。

凡庸なミスの例をひとつだけ挙げましょう。ウェルシュ・コーギーが人を噛み殺したとされる事件時の説明(p140)が、こんななんですよ。

担当者が取り出した大判の写真に、その場にいた者たちは一人残らず唖然とした。
そこに写っていたのは、大きさが三十センチにも満たない、耳の大きい小型愛玩犬の可愛らしい姿だったからだ。

「大きさが三十センチにも満たない」のは、チワワかせいぜいパピヨンあたりの犬種でしょう。コーギーが三十センチなのは体高で、体長は六十センチ近くあるはずです。「体高」と「大きさ」の誤植かなとも思ったのですが、その後も「すごく小さい」ことばかりが強調されている(本当にまるでチワワ扱い)ので、素で勘違いして書かれたんだとしか思えません。さらに、このあたり(p159)もすごく変。

それでわかっていることは、彼(引用者注:コーギーのこと)は犬の中ではかなり速度の面で劣るという事実だった。足が短すぎるのだ。本気になって走ってこられたら、彼がいくら走ってもまず振り切れない。

これはまったく噴飯もの。実際にはコーギーって足が速くてタフで、アジリティの競技などにも向いている犬種のはず。ちょっと検索すれば一瞬でわかることを、なぜ調べない?

もちろん、小説がガチガチのリアリズムに徹する必要はありません。お話を面白くするためになら、嘘も妄想もいくらでもありだと思います。しかしね、「話を面白くする装置としての嘘/妄想」と、「芸にもなってないただの間違い」とはまったくの別物だと思うのですよ。そして、この作品には後者が多すぎるとあたしは感じました。

まとめ

メインキャラ2人は魅力的だし、ダークな御伽噺めいた雰囲気も良かったです。が、トリックや細部の描写が大雑把すぎるのが痛恨の極みでした。百合要素も薄いので、今のところはキャラ萌えだけでかろうじて首の皮一枚つながっている感じ。やはり、次巻以降に期待といったところでしょうか。