石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『雪の女王』(藤田貴美、ソニー・マガジンズ)感想

雪の女王 (ソニー・マガジンズコミックス)

雪の女王 (ソニー・マガジンズコミックス)

童話「雪の女王」が納得の百合ストーリーに

とてもよかった! この『雪の女王』は、アンデルセンの同名の童話をベースとした物語。原作の第五のお話「おいはぎのこむすめ」の部分を大胆にメインに据えて、主人公ゲルダと「こむすめ」との心のつながりをしっかりと描き込んだ快作です。ちなみに物語は一応原作通りの着地点に到達するものの、その後にオリジナルの1ページが加わって、女のコ同士の絆をさりげなく指し示す心憎いエンディングになっています。

原作の「おいはぎのこむすめ」について

青空文庫で読み返してみると、この小娘、ゲルダに見せる粗野な愛着がとても興味深いキャラなんですよね。追いはぎの首領である母親がゲルダを殺そうとしたとき、母親の耳に噛みついて強引に阻止し、

「あの子(引用者注:ゲルダのこと)は、あたいといっしょにあそぶのだよ。」と、おいはぎのこむすめは、いいました。
「あの子はマッフや、きれいな着物をあたいにくれて、晩にはいっしょにねるのだよ。」

と言い張ってみたり、その後でゲルダに

「あたいは、おまえとけんかしたって、あのやつら(引用者注:追いはぎ仲間のこと)に、おまえをころさせやしないよ。そんなくらいなら、あたい、じぶんでおまえをころしてしまうわ。」

と物騒なことを言ってみたりで、乱暴なんだけれども小娘なりにゲルダを愛していることがわかります。一方彼女は、「昔からのおともだち」のトナカイが逃げないように縛り付け、ナイフで毎晩脅しておくという残酷さも持ち合わせています。そんな小娘が、なぜ突然ゲルダを解放して雪の女王の元に行かせたのか? ――藤田貴美の『雪の女王』は、その疑問に対する答えを鮮やかに出してくれています。

藤田貴美版の「こむすめ」について

原作と同じく粗暴で強情っぱりな娘なのですが、それをもっと深いところまで掘り下げたとても魅力的なキャラクタになっています。それがまた、安直な「乱暴そうにふるまっているけど実はいい人」路線じゃなくて、原作の、

その目はまっ黒で、なんだかかなしそうに見えました。

という部分をしっかりとふくらませた、実に説得力あるキャラクタ造形なんですよ。小娘とゲルダや他のオリジナルキャラとの会話が非常によく練られていて、それによって

  • 小娘はなぜ乱暴で残酷なのか
  • 小娘はなぜ、「おともだち」の動物を縛って閉じ込めておくのか

という2点に筋の通った答えが示され、それがゲルダへの愛と、束縛からの解放、そして感動の再会へとダイナミックにつながっていくところが本当によかったです。

オリジナルのシークエンスについて

ゲルダと小娘が花の色の話をするところや、ビンタ合戦の場面など、ふたりの間の愛情や激情がビシバシ伝わってきて惚れ惚れしました。小娘に名前がないことをうまく生かした会話も素敵です。また、一見無難に異性愛に帰着して終わったかのように見せかけておいて、最後にちゃんと女のコ同士の絆を肯定してみせるエンディングも、もちろんよかった!

まとめ

原作の良さをそのままに、ゲルダと小娘の心の結びつきをより深く描いてみせた素晴らしいお話でした。まさかアンデルセンを題材にこんなにナイスな百合話が読めるとは思ってもみませんでした。迂闊なり、みやきち。

後日付記

2008年4月24日、幻冬舎から新装版が出ました。ソニー・マガジンズ版よりこちらの方が手に入りやすいと思います。

雪の女王 (バーズコミックスデラックス)

雪の女王 (バーズコミックスデラックス)