石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『わがままジュリエット(前編・後編)』(飯塚修子、角川書店)感想

わがままジュリエット (前編) (Young ros〓 comics)

わがままジュリエット (前編) (Young ros〓 comics)

わがままジュリエット (後編) (Young ros〓 comics)

わがままジュリエット (後編) (Young ros〓 comics)

地味だがリアル感のあるレズビアン漫画

自分がレズビアンであることを知りながらあえて結婚の道を選んだ主人公「瑤子」が、中学時代に片想いしていたクラスメイトの「綾里」(あやり)と再開し、紆余曲折ののち同性愛者として生きていくことを選ぶお話です。ちなみに作者さんはこの作品を描くために二丁目のレズビアンバーに足を運び、参考書籍もたくさん読まれたそうです。確かにそれらの取材が生きた、地味だけれどリアル感のあるレズビアン漫画となっていると思います。

難点は、後半で綾里が瑤子と揉める理由に今ひとつ説得力がないこと。ドキュメンタリー調の話の中にそこだけ『ナチュラル・ウーマン』風の毒を入れようとしてちぐはぐになってしまっているような印象を受けました。それさえ除けば、いかにもそのへんにありそうな、地に足がついたお話だと思います。

『わがままジュリエット』のリアル感について

1. ホモフォビアの提示と解体

この作品が面白いのは、「女同士は最高、男なんて!」みたいに盲目的にレズビアニズムを持ち上げたりしないこと。まず同性愛に対する偏見をありありと描き出し、しかる後にそれを解体していくという戦略がとられているんです。

実際、作中では同性愛に対する外からの偏見のみならず、同性愛者に内面化されたホモフォビアまでが容赦なく描き出されていて、それらの部分だけ読むと凹んでしまうほど。そして、それらの偏見をただ描いて終わりではなく、きちんきちんと打ち消していくのがこの作品のいいところです。たとえば、瑤子の夫「孝太」が

「おれがおまえのレズを治してやるよ」

と悪気なく言い放つシーン(前編p148)では、すかさず

「治す」だなんて
レズビアンは「病気」じゃないのに――

という瑤子の内心の台詞(全編p148)がフォローする、といった具合です。これって実際に同性愛者がホモフォビアに立ち向かうときに言う台詞ですよね。そのあたりが面白かったです。

2. 「両想い」のさらにその先を描いている

以下は瑤子の台詞(後編p161)。

「両想いならそれでハッピーエンドかと思ってたら けっこうそうでもないんだね 現実ってむずかしいね」

レズビアン物でこの視点はちょっと新しいと思いました。だってまだまだ「同性同士という障害を乗り越えて相思相愛になりました、パチパチ」と終わってしまう作品の方が多いですもんね。でも実際には、男女と同じく女同士だって両想いになった後もトラブルはいくらでも起こり得るわけですよ。そこまで乗り越えて初めて希望の光さすエンディングに着地していくという展開が、非常にリアリスティックだと思いました。

残念だったところ

冒頭にも書きましたが、後編で綾里が瑤子と揉めるあたりに消化不良感が残ります。綾里が突然瑤子の首を絞めたり、瑤子に屈辱的なことを強いてから

「どうしてそこまでできるのよ……どうしてあたしなんかのために……
あたしはあんたのそういう所が嫌いなの ガマンできないの イライラするのよ」

とキレたりする(後編p108)あたり、「何この女、『ナチュラル・ウーマン』の花世気取り?」とちょっと引いてしまいました。全体的に地味めの話なので、突然のエキセントリックなエピソードが浮いてしまっている気がします。ここが唯一残念なところでした。

まとめ

地味で、なおかつちょっと重たい話ですが、同性愛というテーマを誠実に扱った良作だと思います。ホモフォビアの扱いも丁寧ですし、希望の持てるラストも良いです。萌え系でない、地に足がついたレズビアン漫画をお探しの方におすすめ。