石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『リリイの籠』(豊島ミホ、光文社)感想

リリイの籠

リリイの籠

女子校生たちの感情の交差。同性愛者も出てきます

女子校を舞台にした短編小説集。全体的に、可愛いだけでなく暗いものもズルイものもきちんと持っている女のコたちの姿を丁寧に描写した一冊だと感じました。百合目当てに読むなら、ごくごく淡い同性愛の香りがする「銀杏泥棒は金色」と、はっきりと同性愛者が出てくる「ゆうちゃんはレズ」に注目。ただしどちらも百合小説というより、思春期の女のコたちの感情を繊細に、かつ生々しく描き出した小説ととらえた方が的確かも。

「銀杏泥棒は金色」について

主人公「春」は、好きなものがあんまりない美術部員。珍しく一目惚れに近い状態で見染めた美少女「加奈」にモデルを頼んだことから急速に仲良くなっていく、というお話なのですが、絵が一旦できあがったときの加奈の台詞(p29)がすごい。

「多分、彼氏が書いた方がうまいよ」
その一言に、構えていたはずの心臓が止まりそうになって、私は振り返ることもできなかった。口ばかりが勝手に早回しで動く。
「あれ? 加奈の彼氏って、ガススタの人じゃないっけ? 美大生とかじゃあ……」
「ない。けど」
加奈は私が描いたスケッチの、右の膝小僧を指して言った。
「あたしはここにホクロがある」
そんな細かいこと、と反射的に逆らおうとしたら、次の一言でとどめをさされた。
「そんくらい執着してよ」

実は春は加奈に執着がないわけではなく、好きすぎて恥ずかしくて自分の気持ちにきちんと向き合えていなかったんです。それをすっぱり見抜く春の容赦のなさときたら。いわば子供っぽい照れと子供っぽい容赦のなさとのがっぷり四つというこの場面を通じて、「愛着」とか「好き」というのはいったいどういうことなのか、というテーマががつんと浮き彫りにされていると思いました。その後の春のダイナミックな変化と、今度こそはっきりと打ち出される強烈な「好き」感情も含めて、非常に面白かったです。(ただし、恋愛としての「好き」とはちょっと違うので、そのへんはご注意を)

「ゆうちゃんはレズ」について

衝撃的なタイトルが物語る通り、同性愛者にとってはちょっとつらくて痛い内容です。ひらたく言うと、「ストレート女子である主人公が、好かれているという快感を味わいたいがゆえに同性愛者女子の気持ちを弄ぶ」というストーリー。いわば「なんちゃってレズ」の内面を描いた小説なんですよ。

ただこの小説、フェアだなあと思うのは、主人公のひどさをひとつひとつ丁寧に描写していくところ。

私は今、気持ちいいのだった。ゆうちゃんが私を見る視線は、世界中の人が憧れるスターに向けたもののようで、なおかつ、胸の中に抱いた無力な赤ん坊に向けたものにも見えた。いろんなものがぐしゃぐしゃに混ざりあって、ひとつの真っ白な光になったような、そういう視線だったのだ。

――女の子からなのに。
メールに返信をし、携帯を閉じてふたたびベッドに寝転ぶ時、いつもそう思った。でもそれは、自虐や罪悪の気持ちではなく、小さな優越感を含んでいた気がする。

後悔は遅れてやってくる。私は閉じられたドアを見つめながら、「付き合う」なんてしなければよかったと思い、でもゆうちゃんの気持は欲しかったんだとかなんとか、頭の中で言い訳を続けてしまう。

うっわあああひでええ、と、読みながらのたうち回りました。でも同時に、こんなもんなんだろうなー、と妙に納得もさせられたり。女のコの内面にひそむ毒を、「なんちゃってレズ」というモチーフを使って描き出すとこういう形になるというだけで、実はどんな女子にもこういう部分はあるんじゃないかな、と思うんですよね。そういう意味では、ユニークな切り口で思春期女子の残酷さや身勝手さを描いてみせた、たいへん面白い小説だと言えると思います。とはいえ、かつてなんちゃってさんにひどい目に遭わされたことのある同性愛者にとってはかなり地雷な内容なので、読まれる際にはぜひそれなりの心構えを。

まとめ

恋愛要素は薄いので、同性同士のラブストーリーをお探しの方にはおすすめできません。けれど、思春期女子の繊細な感情のふれあいを見たい方にはおすすめできる一冊です。女のコの「毒」の部分をきっちり描いている分、読んでてしんどいところも多々ありますが、そこがかえって面白い小説集でした。