- 作者: 神楽坂淳,鈴羅木かりん
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2008/01/25
- メディア: 文庫
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百合としては薄い……あと、ちみっと偏見あり
中世ヨーロッパ風の国ドラヴィアを舞台に、貴族の娘マリアの野心と冒険を描く小説です。「女は何も手にできない」という慣習に少女が反旗を翻すというテーマは現代にも通じるものがあり、面白いのですが、残念ながら百合ものとして読むにはちょっと薄いかと。女のコ同士の信頼や愛(恋愛感情ではないにしても)はきちんと描かれているものの、一部のセリフに女性同性愛に対する偏見が垣間見え、話の底が割れてしまっています。文章上のミスが目立つところも残念でした。
少女同士の信頼と愛について
これについてはとてもよかったです。たとえば、こんな場面(p58)など。
それからアッシャはつい、と立ちあがると、マリアの頭をきゅっと抱きしめて、顔を自分の胸にうずめさせた。
「あなたのために死ぬ? いいわね。そうやって死にたいわ」
アッシャは、まるで歌っているような声を出した。
「誰かのために死ぬ。それは一番いい死にかただと思うわ。それがあなたのためならなおさらいいの。わかる?」
さらに、こんなところ(pp217-218)も好印象でした。
「わたし、わたしは……食事をおいしいと感じたことなんてなかったんです。いままで一度も。でも、マリア様と食べた食事はおいしかった。生まれて初めておいしかったんですよ」
ジャンヌは笑顔のままで言葉をつむいでいたが、頬からはとめどもなく涙が流れている。
「ジャンヌって名前も、本当は誰がつけたかわからない。ただの呼び名で、便宜上のものだったんですよ。でも、マリア様が『ジャンヌ』て読んでくださったときにわたしは『ジャンヌ』にうなったんです。わたしは、マリア様が生き残るためなら死んでもいいです。わたしにとっては、マリア様の命のほうがわたしの命よりも重い。そして、わたしは、わたしが死ぬことでマリア様が幸せになるならそれでいいです。わかりますか?」
これらの台詞からわかる通り、少女同士の信頼と愛情がしっかりと描き込まれた小説です。恋愛ものというより友情あるいは忠義ものというカラーが強いのですが、これはこれでじゅうぶん面白いし、そういった部分はとても楽しく読めました。
しかし、このへんに偏見の香りが
何かというと人の胸を触るラウラという女性キャラがいるんですが、そのラウラに対する主人公の発言(p229)が、こう。
「ラウラってあんなに美人なのに、男のひとよりも女のほうが好きなのかしら?」
この発言の前提にあるのは、「美人は同性愛者にならない」っていうありがちな偏見ですよね。もっと言ってしまうと、「美人は男に相手にしてもらえるから同性に走る必要がない。男に恵まれない不美人だけが同性愛者になるのだ」みたいな、耳タコの神話。でも、それ、間違ってますから。寝言はせめてポーシャ・デ・ロッシやシェリー・ライトの美貌を拝んでからにしてほしいものです。
こんなの実物を見ればすぐわかることですが、ノンケ女子に美人と不美人の両方がいるように、女性同性愛者にだって美人も不美人もいます。あたりまえですよ、同じ人間なんですから。だいたい、女が好きな女は最初から男に相手してもらう必要自体がぜんぜん、まったく、ひとつもないってことに気づいてほしいと思います。「女は本来男が好きなはず。男にもてない女だけが仕方なく同性を好きになるのであろう」みたいなヘンテコな思いこみ(いや、この小説はそこまで言ってませんが、根底にあるのは結局それだと思うんですよ)には、いいかげんうんざりだわー。
なお、ラウラがやたらと女性キャラの胸を揉むこと自体を「百合的」と評する向きもあるかと思いますが、あたしはそれに与しません。だって、あんなの異性愛者だってフツーにやることでしょう? 女子校とか、あるいは共学でも女子ばっかの部活とかでさ。そんなわけで、トータルすると、残念ながら百合ものという面ではちょっと期待はずれと言わざるを得ません。いや、特に百合を謳った作品でもないから、当然と言えば当然なのかもしれませんが。
文章のミスについて
チェック不足と思われるミスが目立ち、話の興を削いでいると感じました。
例1. なんで2回言うの?
ドラヴィアは「海の民」だけに、他の諸国よりも肉を偏重する習慣はずっと少なかったが、それでも朝は肉を食べようとする者が多かった。
といってもドラヴィアは「海の民」だけに、ほかの国々よりも肉を偏重する習慣はずっと少なかったとはいえるのだが。
p30より。意味がわかりません先生。校正ミスなんでしょうか。
例2. オレンジをしぼった水
以下は、舞踏会でマリアが水を飲む場面(p67)です。
給仕が行ってしまうと、水をひと口飲んだ。雨水にかすかにオレンジで酸味をつけてある。オレンジだけなので甘味はほとんどなかったが、マリアは不自然に甘味をつけてあるよりも好きだった。
続いてそれより後、マリアがラウラにもらった水を飲む場面(pp160-161)。
ラウラの持ってきた水を飲む。水にはなにか柑橘系の果汁がしぼってあるらしい。酸味があっておいしかった。
「これは、オレンジ?」
「ああ。ちょっと酸味のきついのを選んで水にまぜるのさ。カステレットじゃ流行りの飲み物なんだ」
「おいしい。まだまだ、知らないことがたくさんあるわ」
「知らないこと」も何も、100ページ近く前にマリアがその飲み物を好きだったという描写があるんですが。
まとめ
「貴族の少女が、女性が抑圧される社会に反旗を翻す」というテーマ自体は面白いです。マリアの野心や、少女同士の愛と信頼も、とてもよかった。ただし同性愛に対する偏見がうっすらと垣間見える上に、チェック不足とおぼしき文章も興ざめで、全体としては今ひとつな印象でした。いっそラウラを使ったなんちゃって百合な場面をなくして、もっと野望と権謀術数にがっつりウエイトを置いたお話にしちゃった方が面白みが増したのでは、と思うんですが、ラノベという媒体である以上そうもいかんのでしょうか。ううむ。