石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『なりゆき!しゅがあ☆くらふと』(あきさかあさひ、学習研究社)感想

なりゆき!しゅがあ☆くらふと (メガミ文庫)

なりゆき!しゅがあ☆くらふと (メガミ文庫)

良くも悪くも『さくらの境』の二番煎じな百合ラノベ

成績優秀な完璧美少女「姫宮志津香(ひめみやしづか)」が主人公「阿部茉莉(あべまつり)」と同居してベタベタに甘えまくり、くっつきまくり、ことあるごとにキスをするようになる――という、要するに竹本泉の『さくらの境』(メディアファクトリー)とそっくりな百合話です。女のコ同士のキスを軽視したり、キャラクタのヘテロ性を強調したりするところまでそっくり。ただし、異性愛中心主義についてはこちらの方がひどいかも。茉莉の妹「かなめ」のキャラクタ造形や、萌え&ライトSFチックな展開自体は面白いのですが、肝心のメインキャラふたりの関係がどうにも二番煎じ&ヘテロノーマティヴというところが残念な作品でした。

こういうところは面白い

まず、侍口調の天才小学生・かなめがなぜか「萌え」に造形が深く、自分について

まあ、茉莉の妹であるからな。姫宮のような体型になれるとは到底思ってはいないし、であれば中途半端に育って凡庸になるよりも、つるぺたのままの方がマニア向けするのではないかと思うのだ。

などと淡々と分析していたりするところ(p. 273)がユニークでした。通常なら一方的に萌え対象とされてしまう立場の小学四年生に、逆に主体的かつ戦略的に己の萌え要素について語らせるという、いわば「客体から主体への転換」が面白かったです。

また、ライトSFチックでありながらひたすら萌えを追及した変身戦闘要素もとことんアホらしくて(褒め言葉)よかったです。「高次の世界」「重光子(グラフォトン)の収集」などの用語で世界観を固めつつ、やってることは「変身するたびにどんな萌えコスチュームになるかわからない美少女戦隊」というこの落差がたまりません。ちなみにこの巻では主人公たちは「チャイナスク水」「体育着+ブルマ」「だぶだぶ白Yシャツ+ショーツ」などに変身して戦っています。2巻以降も出るとしたら、今度はいったいどんな萌え衣装が登場するのか気になるところです。

でも、このへんは今いち

冒頭にも書きましたが、いちゃラブ要素が今のところ完全に『さくらの境』の二番煎じであるところ、そして百合ものでありながらいちいち異性愛中心主義をちらつかせるところ(これについては『さくらの境』よりひどいかも)はどうかと思います。ふにゃふにゃ甘える完璧美少女がおばあちゃん子であるところまで同じにしなくてもいいじゃん、と思うし、ヘテロノーマティヴィティー(異性愛規範性)については、このへんが特にひっかかりました。

同性愛を「趣味」「スティグマ」扱い

以下、茉莉が志津香とくっついて頭を撫でてやっているところを同級生「泉美」に目撃されたときの会話(p.
147)です。

「……茉莉、やっぱりそっちの趣味だったのかいっ」
ちょうど泉美が購買から帰ってきたところだった。
「ち、違うわよ――っていうか後ずさらないで、お願いだから」

非ヘテロのセクシュアリティを「趣味」扱いしたり、「後ずさりしてしまうようなスティグマ(恥辱)」と見なして嗤ったりするというお決まりのパターンですね。もうこういうの、うんざりなんですけど。

女性同士のキスを軽視

以下は、茉莉が眠っている間に志津香から「おはようのちゅー」をされたことを知ったときの会話(p. 222)です。

「だーっ! 私、初めてだったのにーっ!」
茉莉は頭を抱えて叫ぶのだが、志津香は平然とした顔で、
「大丈夫よ、女の子同士だからカウントに入らないわ」

これってあたしを含めた世界中の全レズビアンに対して喧嘩売ってるも同然なんですけどね。あたしらが恋人としてるキスは全て「カウントに入らない」と見下されてしまうんですねー。へえええええ。百合作品でこうやっていちいち「非ヘテロな関係<ヘテロな関係」を強調するのって、結局は「女のコ同士のエロティシズムにハァハァしたいけど、己の中の異性愛中心主義を揺るがされるのは絶対嫌」ということだと思います。そんな虫のいい欲望のためにいちいちセクシュアリティを軽んじられるこちらはたまったもんじゃないです。

まとめ

萌え&ライトSF的な部分は非常に面白いのですが、百合部分に関しては新味に欠ける上に、処々でのヘテロノーマティヴィティー(異性愛規範性)の強調が鼻につきます。トータルすると、

  1. 『さくらの境』をまだ読んでいない、あるいは読んだけれど二番煎じは気にならないという人で、かつ、
  2. どストレートな(異性愛中心主義をがっつり内面化し、同性愛は『カウントに入らない』『趣味』だと固く信じている)人

という条件に当てはまる方以外にはおすすめできない作品だと言えるかと。