石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『せんせいのお時間(1〜8)』(ももせたまみ、竹書房)感想

せんせいのお時間 (1) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (1) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (2) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (2) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (3) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (3) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (4) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (4) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (5) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (5) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (6) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (6) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (7) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (7) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (8) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

せんせいのお時間 (8) (バンブーコミックス MOMOセレクション)

多様なセクと属性のキャラが乱舞する学園4コマ

1巻から8巻まで一気に読破。面白かったです! オーソドキシーな起承転結スタイルの4コマでありつつ、ゲイやレズビアンや異性愛者のクロスドレッサーなど、多様なセクシュアリティと属性のキャラクタが当たり前のようにそのへんに存在するところがすんごくユニーク。また、キャラクタの行動を単一のセクまたは属性だけで説明するのではなく、その人ならではの個性がきちんと加味されているところもいいなあと思いました。大げさな言い方をすると、以前「みやきち日記」で触れたBennetのDMISモデルで言うところの"Integration"(融合)の域にまで達するリベラルさがある作品だと思います。単純にギャグものとしても面白いし、とてもよかったです。

さまざまなセクと属性が当たり前に登場

ゲイの「工藤」、レズビアンの「北川」、ヘテロなクロスドレッサーの「関」、そしてオタクの「渡部」など、いわゆるマイノリティに属するキャラクタたちが堂々とメインキャラを務めています。非常に面白いのが、こうした少数派たちがいちいち見下されるでも美化されるでもなく、ごく当たり前に「この人はこういう人」として受容されていること。言い換えるなら、「いろんな人がいて当然」という空気があること。そこがとても居心地よかったです。

人をカテゴリだけで描かない漫画

セクマイが登場する漫画って、たとえば「このキャラはバイセクシュアルだからこうなのだ」「レズビアンだからああなのだ」みたいにカテゴリだけで性格まで決めつけて終わり、という雑な描写のものがけっこうあると思います。セクシュアリティなんて個人の全人格のほんの一部分にすぎないのに、ずいぶん手抜きかつ想像力不足だと思うんですよね、こういうの。

ところがこの『せんせいのお時間』は違います。レズビアンの北川が「みか先生」にモエモエするのは、「レズビアンだから」ではなく、小柄で童顔なみかの困り顔が好きでしょうがないから。ゲイの工藤が同級生の「末武」に惚れているのは、「ゲイだから」ではなく、末武のおバカっぷりがズキューンと来るから。クロスドレッサーの関にしても、「女装好き=女になりたい=性同一性障害」みたいな世間の偏見とは遠く離れたところで、「男性ジェンダーでナルシシストでM属性な、女大好きヘテロセクシュアル女装男」という独自路線を着々と歩んでいます。つまりこの漫画のキャラたちは、セクマイのステレオタイプを押しつけられて終わりの薄っぺらな存在ではなく、ちゃんと個別性を持った生身の人間として描かれてるんです。

ちなみにセクマイ以外のキャラたちも、やはり単一属性だけで説明されて終わりではないんですよ。オタクキャラは画一的な「きんもー☆」路線で描かれたりしない(むしろオタクの美点がいっぱい登場して楽しい)し、フケ顔キャラや小柄キャラも複数の側面がきっちり出てきます。この作品が8巻も続いてなお面白さを失わないのは、こうした厚みのあるキャラ描写があってこそだと思います。

これは"Integration"(融合)だ

以下、冒頭で触れた「みやきち日記」の過去エントリ「BennettのDMISモデルでホモフォビアを分析してみる試み」からちょっと引用。

Ethnorelative Stage(民族相対主義の段階=いろいろな文化の観点から現実を見ることができる段階)の3つの段階

  1. Acceptance(受容)
    • Respect for Behavioral Difference(行動の違いの尊重)
    • Respect for Value Differencce(価値観の違いの尊重)
  2. Adaptation(適応)
    • Empathy(共感):相手の文化の枠組みから物事を見ることができる。
    • Pluralism(多元論):多様性の肯定。
  3. Integration(融合)
    • Contextual Evaluation(文脈からの評価):「今、ここで何が起きているか」という文脈から物事を評価する(「この人はゲイだから/ヘテロだからこうなったのだ」という評価をしない)。
    • Constructive Marginality(肯定的に辺境人となる):文化の中心でなく端の方にいる人となり、他の文化との接点に積極的にかかわっていく。

『せんせいのお時間』って、まさしくこのステージにあるお話だと思うんですよ。キャラ同士が互いの違いを受け入れていて、たとえば「ゲイだからこうなんだ」じゃなく「工藤ならこの状況下でこういう反応するよなあ」と納得し、積極的に自分と違うタイプとかかわって仲良くしている、という。なんかもう痛快なまでのリベラルさで、読んでいてとても楽しかったです。

まとめ

セクマイを含む多様なキャラたちを、妙なステレオタイプに頼らずに生き生きと描く4コマ漫画。きちんとオチをつける古典的スタイルのギャグそのものも面白いのに、そのへんの安っぽい萌え百合4コマが裸足で逃げ出すクィア度の高さまで加わってるんですから、鬼に金棒です。そんなわけで、すごくおすすめ。