石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『蝶の眠り』(柳田有里、講談社)感想

蝶の眠り (講談社X文庫―ホワイトハート)

蝶の眠り (講談社X文庫―ホワイトハート)

文学の香り漂う、ほろ苦い百合小説

タイトルの「蝶」とは、主人公の女子高生「白崎狭霧」の胸にある火傷の傷痕のこと。『蝶の眠り』は、狭霧が従兄との婚約を間近に控えたある日、偶然出会った少女「深見笙子」に抱いてしまったほのかな恋情を、この傷痕の痛みになぞらえて描いた小説です。古都・京都が舞台ということもあってか、ライトノベルらしからぬ馥郁たる文学の香りが漂う、よい作品でした。キャラクタの年齢層こそ違いますが、全体的な物語構造はどことなく『夜、海へ還るバス』(森下裕美、双葉社)に似ているので、『夜、海へ~』がお好きな方には二重の意味でおすすめです。

ほのかな恋の痛み

ファーストキスのシークエンスとか、ラストの切ない余韻とか、ぐっときました。また、蝶の形の傷痕というモチーフが、初恋の痛みの伏線でもあり、まとめ役でもあるあたりにも唸らされました。全部読み通してから冒頭2ページを読み返すと、「これはそういう意味だったのか……!」と感慨深かったです。

ラノベらしからぬ小説らしさ

実は最近うんざりしてたんですよ。「はうう~」だの「ふぇ?」だの「うにゅー」だの、そんなんリアルで口にしたらただのキモオタだよ的な間投詞を恥ずかしげもなく散りばめたラノベ文体には。ライトノベルの全部が全部そんな風ではないとわかってはいるのですが、そういったいかにも「二次元から学んだものを、また二次元の中でぐるぐると循環させるだけ」というパターンの作品をあたしは好みません。その内向き加減と言うか、内輪受け嗜好というか、とにかく閉塞し切った自己満足の香りが合わないんです。

ところがこの『蝶の眠り』は違いました。何しろ登場人物たちはみな京都弁、室町から続く良家のお嬢様たる主人公は、妙なキモオタ口調はもちろん、わざとらしい「よろしくってよ」のような似非お嬢様ことばすらまったく使いません。台詞だけでなく地の文も、あでやかな印象を残しつつもきちんと抑制がきいており、ラノベ臭さは皆無です。端正な現代語で誠実に綴られた、地に足のついた「小説」だなあと思いました。ラノベレーベル(講談社X文庫ホワイトハート)の作品だということでやや警戒しながら読んだ自分が恥ずかしくなりました。

物語構造について

ステディな男性の交際相手がいながら謎の多い女性に惹かれてしまい、その女性には過去に女とつきあった経験があって……という物語構造は、ちょっとだけ『夜、海へ還るバス』(森下裕美、双葉社)に似ています。笙子が魔性の女的な形容をされたり、優しい婚約者の「瞬ちゃん」が嫉妬の牙を剥く怖さがあったりするあたりなんかも、そう。ただし細かい部分の肉づけはまったく違うし、登場人物の年齢層が異なることもあって、狭霧の心の揺れには『夜、海へ~』の主人公夏子とのそれはまた違った淡い切なさがあります。両者を読み比べてみると、また面白いかもしれません。

まとめ

ライトノベルらしからぬ落ち着いた文体で綴られる、端正な百合作品です。甘いだけの少女小説ではなく、時折牙を剥く「人間の怖さ」もまた見どころ。淡くほろ苦い初恋ものとして、非常におすすめです。