石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ささめきこと(4)』(いけだたかし、メディアファクトリー)感想

ささめきこと 4 (MFコミックス アライブシリーズ)

ささめきこと 4 (MFコミックス アライブシリーズ)

じれったく微速前進する恋心

カワイイ女子好きの女子高生レズビアン「風間汐」(かざまうしお)と、そんな汐に恋する長身空手少女「村雨純夏」(むらさめすみか)の切ないラブストーリー、第4巻。3巻ラストの引きがすごかったので、「これは4巻で怒濤の告白&大団円か!?」と思ったのですが、意外にもそうはならず、ふたりの恋はじれったくもどかしく微速前進中です。おまけ漫画の蓮賀さんの苦悩がよくわかるわ。あと、いつもながらホモフォビアの扱いが秀逸なところもよかったです。相変わらず雄弁な表紙もナイス。

微速前進について

あの涙の抱擁の後にはまさかの肩すかしが待っていますが、それでも汐サイドの切なさには泣けます。何度も出てくる唇や手の表情が、そりゃもういいんですよ。一方、純夏の側はというと、今回の出番は汐への想いを自覚したときの過去話「Early Days(1〜4)」がメインとなっています。初恋に浮かれる純夏のみずみずしい喜びがとても可愛らしく、かつ爽快でした。お互いの呼称で距離の変化を表すところなんかも、面白かったです。

ただ、この構成だと、幕間的なお話("Good Morning")や過去話(「Early Days」)を使って強引にお話の進行を止めているようにも見えてしまうのが残念だったりもします。このままいつまでも微速前進状態が続いたら、せっかくの物語の勢いがそがれて、「すれ違いのためのすれ違い」「片想いのための片想い」状態に陥りはしないかと心配です。5〜6巻ぐらいでうまく盛り上がってスパッと結末を迎えてくれたら最高に嬉しいんですが、さて、どう出るか。

ホモフォビアの扱いについて

クラスのみんなの、悪気はないつもりのホモフォビック発言の数々がねー、「あるある」って感じでホントによくできてるんですよ。なまじ悪意を持って敵対してくれた方がまだすっきりするってぐらいの無邪気で残酷な台詞がチクチクと心を刺し、そのリアル感にのたうちまわりました。

それでいて、「邪悪な周囲VSかわいそうな汐と純夏」という単純な対立構造がお話に持ち込まれないところもすごい。周囲の人間だけでなく、汐や純夏に内面化されたホモフォビアをも、きっちり描いていくんですよこの作品は。汐が純夏に「気持ち悪い」と言われることを懸念して泣いてしまうところや、純夏が「やっぱり私普通の人間のはずだもの」と、「同性愛=普通じゃない」という価値観で己の恋心を否認しようとするところなど、どこにでもある同性愛嫌悪が非常に丁寧に描写されていて、よかったです。さらに、そういったホモフォビアを描くだけ描いて終わりではなく、フォビアを乗り越える部分がしっかり組み込まれている(特に純夏の方)ところも、『ささめきこと』らしくて素晴らしかったです。

表紙について

4巻の表紙は冬の風景。降ってくる雪を嬉しそうに見上げる純夏のすぐ後を、1歩遅れて汐が歩いているという構図です。非常に面白いのが、汐の顔は画面上方で見切れてしまって、表情がわからないということ。純夏の無邪気な笑顔が恋の歓喜を表す一方で、汐の顔が見えないのは、純夏に迷惑をかけまいと恋心を押し隠す汐のスタンスを表しているのではないかと思います。要するに「こんなに近くにいてお互いを想い合っているのに、まだすれ違うふたり」という図式なわけですよこれは。それでいて内扉では、同じ背景にふたりの足跡が仲良く2列に並んでいるところが描かれていたりして、こちらは「すれ違ってはいても同じ方向に進んでいる(いずれは恋人同士になる)」ということを秘めやかに暗示してるんじゃないかと思います。心憎いなあもう。

まとめ

3巻であれだけ強烈な展開を見せておいてまだカップル成立していないことには驚きましたが、汐と純夏の内面化されたホモフォビア(と、その解体)をじっくりと描いていく手法はいいなと思いました。周囲の人間の、邪気のないつもりの同性愛嫌悪発言なんかもリアルで面白かったです。中学時代の純夏の歓喜と苦悩も、可愛らしくてよかった。とは言え、あんまりいつまでもこの微速前進状態が続いて、『めぞん一刻』の終盤みたいなダラダラ状態になってしまってもつまらないので、次巻以降でまた新たな動きが出てくるといいなと思います。