石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『私立カトレア学園 乙女は花に恋をする』(沢城利穂、一迅社)感想

私立カトレア学園 乙女は花に恋をする (一迅社文庫アイリス)

私立カトレア学園 乙女は花に恋をする (一迅社文庫アイリス)

出来レース的ラブストーリー(異性愛中心主義もいっぱい)

お嬢様学校「カトレア学園」に入学した主人公「ひな」が、なぜか学園のプリンス(女子ですが)「大城翼」に見初められ、音楽祭のパートナーになるべく奮闘する話。一応は百合ラブストーリーなんですが、恋愛要素がただの出来レースでしかなく、盛り上がりに欠けます。過剰なスキンシップ描写の陰に「女同士の行為はカウントしない」という発想が透けて見える点も萎えでした。作品中のレズビアニズムが結局は男性嫌悪と「女同士は乱暴なことをしない」という妄想に支えられているあたりも今ひとつ。同性愛を思春期だけの一時的な関係とみなしていないところだけは評価できますが、その他はいいとこ無しでした。

出来レースな恋模様

ひなが翼に、そして翼がひなに惚れた理由が皆目不明。いや、恋に理由なんてなくてもいいんですが、好きになったきっかけとか、その瞬間の心の動きとかがまるで伝わってこないんですよこの小説。出会ってすぐになぜかいきなりいちゃいちゃベタベタとスキンシップに突入するその様は、PS2百合ゲー『ストロベリー・パニック!』のキャラたちもかくやと思わせる宇宙人っぷりです。理解できん。本気で、この人たちの頭の中が理解できん。

恋の展開についても、あまりにもお話の起伏がなさすぎです。障害らしい障害と言えば、ひなが「翼は自分ではなく鈴音(というキャラがいます)とつきあっているのだ」と突然思い込んでひとりでグルグルしているだけ。しかも、そう思い込んだ根拠が、「翼が、喘息持ちの鈴音が発作を起こさないかと心配していた」というだけというのは、あまりにも薄弱すぎです。喘息持ちの友達の体調の心配ぐらい、誰だってするじゃん。何ひとつ不安要素のない完璧出来レースな恋愛の中、こんな理由で深刻ぶってみせているひなにはまったく共感できず、クライマックスでもさっぱりカタルシスを味わえませんでした。

セクハラ要素にうんざり

  • 出会っていきなりスカートをめくる(なぜか、めくられた相手は怒らない)
  • 出会っていきなり自分の胸に相手の顔を埋めさせる(なぜか、埋められた相手は怒らない)
  • 出会っていきなり抱きしめて髪に頬ずりする(なぜか、された相手は怒らない)

などなど、セクハラ要素満載なところがどうにもこうにも。「女子校はスキンシップ過剰だから」という発想に基づいた描写なのかもしれませんが、いくら女子校だって、初対面の人相手にここまで唐突に身体を触ったりパンツ見たりはしないだろうし、されたら怒るか不快感を感じるかだと思うんですが。女同士であれば同意無しでいきなりこういうことをしてもいいんだ、という描き方は、結局は女性間の行為を異性間の行為に比べて低く見るという発想(よくある『女同士はカウントしない』ってやつね)の表れだと思います。何も百合小説でここまで異性愛中心主義をふりまかんでも。

百合描写もヘテヘテ

ひなが女性同士の恋愛を肯定する理由が、「男の子は乱暴で、エッチだけが目当てだから」(要約)でしかないところがきわめてノンケ的で興ざめです。だってそれって、乱暴でもエッチだけが目当てでもない男性がいれば喜んでそっちに行くってことですもん。レズビアニズムをミサンドリー(男性嫌悪)及び挫折した異性愛のはけ口としてしか肯定できないだなんて、結局は頭の中に男のことしかないって証拠よ。

あと、ひなのそうした主張を聞いた他キャラがしたり顔で

「ひなちゃんはつらい恋愛ばかり経験してきたのね。けれどカトレア学園にいる間は安心していいですわ。女の子同士は、そんな乱暴なことはしませんから」

と述べているところ(p. 61)もあまりに妄想過多で、苦笑せざるを得ません。ちなみに現実世界では、つい最近こんなニュースが報じられたばかりです。

このニュースによると、2009年4月17日に英国社会学会で発表された研究で、

  • 女性同士のカップルの間にも、異性愛者カップルと同じく肉体的・性的・精神的暴力が存在する
  • しかも、周囲に性的指向を知られることを恐れて誰にも助けを求められないケースが多い
  • 暴力を逃れてシェルターに行っても、同性愛者だと知られて追い出された人もいる

などの事実が明らかにされたそうです。

「女の子同士は乱暴なことはしない」? でも、そうしたありがちな妄想の陰で、実際には同性パートナーから暴力をふるわれて苦しんでいる女性はたくさんいるんです。たとえフィクションの中での発言とは言え、この小説は現実世界で売られていて、現実世界の人間が読むわけですから、現実のDV問題を無邪気に不可視化あるいは矮小化するような台詞は入れてほしくなかったです。

結末はハッピーエンディングです

エンディングではひなと翼の関係の永続性が強調されており、「百合は思春期の発達段階の一時的な過程」みたいな偏見はゼロです。そこはとてもよかったと思います。

まとめ

結末こそ一応ラブラブなものの、ストーリーに起伏がなさすぎるし、異性愛中心主義を後生大事に奉っているノンケ(ノンケが全員そうだと言っているわけではなくて、ノンケの中にそういう人もいる、という意味ですよ)の妄想臭が強すぎて幻滅。お話には軽く次への伏線が引いてあり、売り上げによっては続刊が出るらしいのですが、さて、どう転びますかねこれは。