石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『森田さんは無口(1)』(佐野妙、竹書房)感想

森田さんは無口 1 (バンブー・コミックス MOMO SELECTION)

森田さんは無口 1 (バンブー・コミックス MOMO SELECTION)

百合ネタでの異性愛規範強調がうざすぎる萌え4コマ

極端に無口な女子高生「森田さん」を主人公とする萌え4コマです。森田さんの「好きで無口なわけではなく、グルグル考えすぎて無口になってしまう」という不器用さがとても可愛らしいし、ギャグ漫画としては悪くないと思います。ただ、繰り返される百合関連のネタでひたすら主人公にホモセクシュアル・パニックを起こさせたり、同性愛者を「そっちの人」と遠回しに形容し続けたりするところはいただけませんでした。つまるところこの作品における百合ネタは、「異性愛規範をくどいほど再確認しつつ、安全圏から女性同士のエロティシズムを眺めて興奮したい」というだけのものにすぎないと思います。森田さんに執着するメガネっ娘のキャラだけは例外的に規範を逸脱するところまで行くのかも、と思わないでもないのですが、それも2巻以降を読んでみるまでは判断できないかと。

ホモセクシュアル・パニックと「そっちの人」について

女性の同級生に冗談で「クリスマスは私と思い出作らない?」と手を握られた森田さんが血相を変えて「とうとうそっちの道に!?」と後じさるシークエンス(p. 51)を皮切りに、ひたすら「同性愛とはパニックを起こしてドン引きすべきもの」「同性愛とは遠回しにしか言及してはいけないスティグマ」という価値観が提示されまくっています。

特に「そっちの人」呼ばわりの多さにがっくり来ました。こうした呼称は「同性愛=直接口にしてはいけない恥ずかしいこと」というイメージを再生産すると同時に、「こっちの人=異性愛者」「そっちの人=同性愛者」という切り分けを行う機能も持っています。つまり、同性愛者を「他者」と規定して辺縁に追いやることで、異性愛者の中心性と優位性を確保するための言い回しなわけ。こんな表現が無邪気に多用されている作品を「百合作品」とはあたしは呼びたくないなあ。むしろ「ヘテロのオリエンタリズム作品」だわ。

安全圏からのエロティシズム鑑賞について

上で述べた通りけっこうホモフォビアの香り漂う作品なのですが、そのわりに「女性同士のイチャイチャに周囲がドキドキさせられる」というシークエンスも多めです。ですが、よく観察してみると、それらはすべて明らかに異性愛者同士でじゃれているだけのシチュエーションなんですよ。つまり、絶対に異性愛規範がおびやかされない範囲で女のコ同士をイチャイチャさせ、「ひょっとして『そっちの人』?」などとキャッキャするのがこの作品のジャスティスなわけ。それがいい、とお思いの方もいらっしゃるのでしょうが、あたしには合いませんでした。

唯一の例外? メガネっ娘について

無口な森田さんの声をなんとかして聞こうと画策するメガネっ娘のキャラがいるのですが、この人だけは割合規範を逸脱しているかも、という気がしないでもありません。というのも、最初は単なる友人キャラだったこの人は、ページを追うごとに森田さんへの友情とも恋愛とも執着ともつかぬ謎の熱情を深め、物陰から熱視線を送ったり、嫉妬の炎を燃やしたりしているからです。で、今のところ、この人だけはそれが変なことだとか恥ずべきことだとかは全然思っていない。そういう意味で、ヘテロノーマティヴィティが横溢するこの作品の中で、唯一クィアたりえるかもしれない存在ではあると思います。

ただしこのメガネっ娘にしても、もしも2巻以降で「そっちの人だったの?」などとおなじみのホモセクシュアル・パニックネタに消費されてしまえば、一気にただの「辺縁に追いやられるべき他者」になってしまうんですよね。で、1巻を読む限り、そうなる可能性は決して否定できないと思います。そんなわけで、このメガネっ娘キャラにも結局はあまり期待できないかなあと。

まとめ

森田さんの不器用さはとてもキュートだし、百合ネタ以外のギャグは十分面白く読めました。それだけに、百合ネタの数々でひたすら同性愛を不気味なもの、異質なものと規定し、異性愛中心主義を強調し続けているあたりがとても残念です。それは百合というより、単なるノンケのオリエンタリズムなんではないかと。あくまで異性愛規範がおびやかされない範囲でニヤニヤしたいだけの人にはいいかもしれませんが、あたしには合わない作品でした。