石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『愛しをとめ〜君がこころは〜』(高橋依摘、一迅社)感想

愛しをとめ~君がこころは~ (IDコミックス 百合姫コミックス)

愛しをとめ~君がこころは~ (IDコミックス 百合姫コミックス)

ティーンズラブ風味の平安百合絵巻

面白かったです! 『愛しをとめ〜君がこころは〜』は、平安時代の姫君「橘」と「桜」のラブストーリー。かなりティーンズラブ風なところもありますが、それでいてしっかりと時代性を生かしたストーリーが新鮮でした。特に、平安時代ならではのあっと驚くオチがよかった。レズビアニズムをスティグマ視するでもファンタジックに礼賛するでもなく、クィアな視点で再評価していくところもとても楽しかったです。

このへんがティーンズラブ風

のっけから桜がレイプされる(女性にですが)ところを橘が助けるシークエンスがあり、

「…まったく なんで私に相談してくれなかったの?」
「知られたくなかったから 橘様にだけは 汚れた私を……」
「桜は汚れてなんかない!!」

という会話(p. 15)が展開されるところなど、まさにティーンズラブ(またはケータイ小説?)のノリ。セックスシーンの描写そのものも、かなりTLっぽいです。男性向けエロと違って、「愛撫される側の自意識」に重点を置いた描き方、というか。男性向けエロ漫画に慣れた目にはずいぶん勝手が違っていて、読んでいて戸惑わないでもなかったのですが、逆に言えばある意味新鮮でした。

時代性を生かしたストーリー

橘が桜に惚れたきっかけが桜の母君を見初めたことだったり(おまえは光源氏か! いや、藤壺は紫の上の母親じゃなくておばですが)、広いお屋敷の中でふたりが住む建物が遠くて会うのが大変だったり、文のやりとりで恋が盛り上がったりと、とにかくきちんと「平安」してるんですよね。そこが楽しかったです。とはいえ、帝の寝所で騒ぎが起こっても警護の者が誰も駆けつけてこないなど、冷静に考えればおかしな面もあるのですが、それはこれ、これはこれ。TV時代劇の既婚女性が誰もお歯黒をつけていないのと同じで、フィクションを盛り上げるための「お約束」として十分納得できる範囲の描かれ方だと思います。

驚きの結末、そしてクィアな視点

ここがもっとも面白かったところ。橘と桜の恋は、平安時代の女性同士であるがゆえの窮地に陥った後、まさかの大逆転でハッピーエンドを迎えるのですが、それがまた「平安時代だからこそ」「女同士だからこそ」の大団円なんですよ。その手があったか! と唸らされました。

ここで非常にきわだっているのが、帝というキャラクタ。一件怖くて横暴なだけの人なのに、中身はすんごく柔軟で、ある意味ド変態(誉め言葉)。この帝のクィアネスによって、「女同士であること」の意味づけが一旦解体され、ポジティブに再構築されていくところが、とても楽しかったです。

クィアネスと言えば、レズビアニズムそのものの形容にいちいち蔑視が入っていないところもよかったなあ。たとえば、女官達に関係を噂される場面で、「レズ」でも「そっちの人」でもなく「同性愛者」というニュートラルな言い回しが使ってあったりとか。帝が一旦「そなただって変態だろう」と橘に言った後で、「言い過ぎた そなたは変態ではない」と訂正する場面があったり(それでいて『自分は変態ではない』と主張しないところがミソ)とか。橘たち自身が「女同士であること」の不便さ・つらさを悲しむシークエンスはあっても、“自然”で“無徴”な異性愛者が同性愛者に一方的に逸脱のレッテルを貼るような描き方はまったくされておらず、最後まで安心して読むことができました。

その他

讃岐や蔵人頭など、脇キャラの作りがていねいなところもよかった。こういうキャラたちが脇をしっかり固めているからこそ、後半の展開がより生きてくるんだと思います。

まとめ

ティーンズラブっぽい雰囲気が合わない人は合わないかもですが、中身はかなりかっちりと平安時代していて、とても楽しく読めました。よく練られたキャラもいいし、大逆転のハッピーエンドに、現代にも通じるクィアなまなざしがあるところが特によかったです。上では書ききれませんでしたが、カバー裏の4コマ(特に最初の1本)もむちゃくちゃ的確で笑えました。そんなわけで、おすすめ。