石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『きもちのかたち 桜井家作品集(上〜下)』(桜井家(北尾タキ+みとうかな)、コスミック出版)感想

きもちのかたち 桜井家作品集上巻 (キュンコミックス)

きもちのかたち 桜井家作品集上巻 (キュンコミックス)

きもちのかたち 桜井家作品集下巻 (キュンコミックス)

きもちのかたち 桜井家作品集下巻 (キュンコミックス)

「TAKI PART」が素晴らしすぎて悶絶

同人誌「TACT」で発表された百合漫画を全面改稿し、再編集して改題した作品集。北尾タキさんによる「TAKI PART」(全7話)が素晴らしすぎて悶絶しまくりました。単なる同性同士による「男と女ごっこ」に陥らずに、女のコから女のコへの恋心をこまやかに描ききった傑作だと思います。サブキャラクタをうまく配しての、広がりのある話づくりもとてもよかったです。ホモフォビアの扱い方が絶妙で、単純な「善VS悪」みたいな構造に決してならないところも面白かった。ラブ度の高さもいいし、これはおすすめ。本気でおすすめ。

「男と女ごっこ」ではありません。

1. 「こんなのモテてるって言わないよ」

「TAKI PART」の主人公は、ショートカットのボーイッシュなバスケ部女子高生「後藤マコト(♀)」。少年顔が災いしてか中学時代から女子に大人気、よく女のコからラブレターをもらったりキスされそうになったりしている、というキャラクタです。ここで非常に面白いのは、この漫画はそこで後藤さんに安直に「女子校の王子様」役を割り振ってしまわないということ。それどころか、後藤さんの「モテ」について、

結局は男の代わりなんでしょ?

こんなのモテてるって言わないよ

と一刀両断してみせる(上巻p. 20)んですねこのお話は。さらに、後藤さん本人の中にも、

…………みんなさ?
別に「私」のこと好きなわけじゃないんだよね?

という苦い諦念があるところに、ぐっときました。つまりこれって、ボーイッシュ女子を安全な「偽の男」として配置し、規範通りの男女恋愛ごっこをやらせて終わる作品なんかじゃないんですよ。むしろそれとは逆に、

  1. 生身の女のコを男女恋愛ごっこ用の「記号」として消費する残酷さをえぐり出し、
  2. その上で、ひとりの「私」が同性相手に等身大で愛し愛されるさまを描いていく

という物語なわけ。ここが本当によかったです。

2. 「かっこいーとか言ってる奴はどこ見てんだよと」

ここでもうひとつ面白いのが、後藤さんに惚れている「榊リナ」と後藤さんの親友「竹美」のこの会話(上巻p. 36)。

榊「だって後藤さんかわいいじゃない」

竹美「お! わかってんな そうなんだよ かっこいーとか言ってる奴はどこ見てんだよと あんな女々しいのになあ」

榊「あははー」

要するに、この時点で、この2人だけが後藤さんを記号ではなくひとりの人間として扱い、「女々しい」ところまでひっくるめて大切に思っているわけですよ。愛ってこういうことなんじゃないかと思います。

3. 「私は! 女であるアナタに恋してるの!」

榊さんのキメ台詞です。既存の「男役割」を演じさせる駒としてのアナタではなく、正真正銘女としての生身のアナタに恋しているという、ド直球の告白。後藤さんでなくてもズキューンと来ますよこれは。ちなみにこの想いが、

キスもセックスも何もかもしたいの!
後藤さんに対してそういう意味の「好き」なの!

という熱さを持っている(上巻p. 51)ところも、しみじみとよかったです。榊さんのこうした直情径行一本気な愛情と、純真で傷つきやすい後藤さんの恋心とがうまく響き合って、キュートな恋愛ものとしての面白さがかもし出されていると思いました。

サブキャラとストーリーの広がりについて

ラブストーリーでありつつ、メインカップルの恋の行方だけに終始するお話ではないところも面白かったです。「両思いになりさえすれば万事ハッピー」みたいな嘘くささがぜんぜんないんですよ。竹美や栄先輩などのサブキャラの配置が効果的で、お話が重層的なつくりになっているために、作品全体にいい感じの広がりが出ていると感じました。

ホモフォビアの扱い方について

ホモフォビアもしっかり出てくるんですが、そこで「善なる自己VS悪なる差別者たち」みたいな単純な図式になっていかないところが心憎いです。

  • 周囲からの直接的なホモフォビアより、むしろ後藤さんの内面化されたホモフォビアによるダメージを丁寧に追っていくこと
  • 「みのり」というキャラクタの意味づけが途中から変化していくこと

の2点がうまく働いて、ただの勧善懲悪でもメロドラマでもない、よりリアル感のあるお話として仕上がっているように思います。

あえて難点を挙げるなら

モノローグがやや多すぎる気がするのと、一部のモノローグやフキダシが誰の発言(または心の声)かわかりづらいところだけ、ちょっと気にならないでもないです。でも、そんなことはどうでもよくなってしまうぐらい、お話全体が面白かったのも事実。買ってすぐ、3回通りぐらい熟読してしまいましたよあたしは。

「KANA PART」(全7話)について

みとうかなさんによる「KANA PART」は、少女漫画風のちょっと懐かしい画風の百合漫画。優しく可愛らしい絵柄ながら、「普通」の線引きを吹っ切って一歩踏み出す恋模様を真正面から描いた作品です。モチーフにトカゲを使うというアイディアが面白いし、「切なさの押し売りをしないのに十分切ない」という良作だと思います。

まとめ

「TAKI PART」がとにかく最高でした。リアル感たっぷりなのに勧善懲悪にもお涙頂戴にも陥らず、ましてやヘテロ恋愛の真似事には絶対ならない、みずみずしいラブストーリーだと思います。一方、「KANA PART」の「キュートな絵柄と切ないテーマのがっぷり四つ」という作風も面白く、「TAKI PART」とどちらが気に入るかは純粋に読み手の好みによるのでは。こういう作品集には、たくさん売れてほしいです。