石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『リトル・リトル』(ろくこ、芳文社)感想

リトル・リトル (まんがタイムKRコミックス エールシリーズ)

リトル・リトル (まんがタイムKRコミックス エールシリーズ)

心あたたまる微百合(?)な寓話、結末はヘテロエンド

最終話以外は台詞がひとつもないという思い切った手法で綴られるハートウォーミングな漫画です。内容は病弱な少女がキツネ少女(キツネ耳としっぽあり)との交流を通して元気を取り戻していくといったもので、あたたかさとやさしさに満ちた絵本のような世界がとてもよかったです。主人公がキツネっ娘を抱きしめたり同じベッドで寝たりという部分を微百合あるいは雰囲気百合と読んで読めないことはない(と聞いて買ってみたんですよ実は)のですが、描き下ろしの結末はあくまでヘテロエンド。ただ、この結末が古典的ながら非常に心憎いんですよ。百合っぽさにこだわるより、純粋に一篇の寓話として楽しむのがよい作品だと思います。

とにかく台詞がありません

でも絵だけで全部伝わってくるんですよ。技法として大変面白いだけでなく、台詞がないこと自体が実はひとつの伏線になっていて、起承転結の「転」で鮮やかに生きてくるというところもすばらしかったです。

心あたたまる寓話です

ネタバレせずに説明するのが難しいんですが、これは現実とファンタジーの境界を寓話的に描く作品だと思います。寓話ですから、可愛いだけ・ほのぼのなだけでは終わりません。少しだけ苦い現実の味もきかせてあって、でも全体的にはとてもやさしいお話になっている、というトーンの物語です。ただの甘ったるい脳内お花畑チックなファンタジーではないところが、とてもいいと思います。

結末はヘテロエンドですが……

これもネタバレせずに書くのは非常に難しいのですが、少女とキツネっ娘との交流の背後には「少女の聖性」というテーマがあるんですね。言い換えるなら、「少女=天然自然の存在(聖)、大人=人間世界に属する存在(非・聖)」という価値観と言ってもいいかも。全8話のうち第5話までそのテーマは入念に伏せられていて、第6〜7話でさりげなく伏線が示され、描き下ろしの最終話(第8話)のラストで一挙に明かされるというしくみになっています。

で、ここで言う「大人」とは「恋を知った存在」なんですよ。つまり、これはひとことで言うと、「聖少女が恋を得てその聖性を喪失する物語」なわけです。昔から世界中で見られるテーマですが、そんなわけで結末はヘテロエンドとなります。百合として読むには相応の脳内補完が必要ですが、わざわざそんな補完をせずに最初から非百合な寓話としてとらえておいた方が、このお話の本質が楽しめるんじゃないかなあ。

ちなみに少女の聖性というテーマそのものが処女信仰チックで抵抗を感じるという人もいるかもしれませんが、このお話で描かれる「聖性の喪失」(あ、主人公は最後まで処女ですよ! 念のため)は、一部の男性に見られる身勝手な処女崇拝などとはまるで違い、もっと土くさいというか民俗学っぽいそれなので、個人的にはぜんぜん気になりませんでした。むしろ、これだけ今どきっぽいキュートな絵柄で、太古からあるテーマをさらりと描いてみせたところがとても面白いと思います。

まとめ

今風の可愛らしい絵柄でどこか懐かしく土くさいストーリーを紡いでみせる、という非常にユニークな作品でした。ハートウォーミングな雰囲気も、「転」であっと言わせるストーリーの組み立てもよかったです。百合として読むには脳内補完が必要ですが、もうそんな補完は投げ出して、単なる一篇の寓話として楽しんだ方が勝ちかと。そんなわけで、百合作品としてではなく、単純に漫画としておすすめです。