石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『さんぶんのいち。 (3) 』(松沢まり、芳文社)感想

さんぶんのいち。 (3) (まんがタイムKRコミックス エールシリーズ)

さんぶんのいち。 (3) (まんがタイムKRコミックス エールシリーズ)

今ひとつカタルシスのない最終巻

中学生男女3人の三角関係(百合含む)を描くラブコメ、最終巻。百合あり異性愛ありの1巻、突然ヘテロ恋愛方面にばかり突っ走り出す2巻と来て、どうオチをつけるのかと思ったのですが、何の結論もなく玉虫色で終わってしまっています。「男女の絡みっぽい構図や百合キスをやたらと出して微エロアピール」という子供だましの演出も今ひとつ。また、説明台詞が多すぎるところも下げ。キャラ萌えで読むならともかく、ストーリーの流れを楽しみたい方にはあまり向かない1冊だったと思います。

玉虫色のエンディング

仮にもラブストーリーもので、あそこまで「僕たちの冒険はこれからだ!(未完)」的に恋の行方をぶん投げて終わられても、と困惑。そこまでさんざんキスだの告白だの抱擁だのをぶちかましておいて、最後の最後まで結論をうやむやにする意味がよくわかりません。

いや、別に必ずモノガマスなヘテロカップルなり百合カップルなりを作って終われと言ってるわけではないんですよ。たとえば両性愛やポリアモリーにウエイトをおいたオチにするという手だってありますし、それならそれでかえって新鮮な面白みが出たと思うんです。でもこの作品はそれもせず、単に中途半端な状態でフェイドアウトしていくだけ。仮に三角関係に始まって三角関係に終わるという様式美を狙ったにせよ、そこまでの流れが行き当たりばったりすぎて、今ひとつ成功していないように思います。

説明台詞が多すぎる

特に11話の柚に顕著。この回の柚は、数ページにわたってひたすら口頭で海都と自分の気持ちを説明しまくっています。読んでいて、思わず脚本家・首藤剛志さんのコラムシナリオえーだば創作術 だれでもできる脚本家(第82回)を思い出してしまいました。以下、同コラムより引用。

あらすじや設定を優先させキャラクターをねじ曲げると、キャラクターは自由に動かなくなり、脚本家の作ったあらすじや設定を正当化させるために、さかんに説明するようになる。
つまり、自分の気持ちや感情を説明する説明台詞が、やたらと多くなる。
「私は、こういう人間なのよ。私の気持ちはこうなのよ」
「わたしはこうこうだから、こういうふうに感じているのよ。だからこういうふうにしたの」
自分の不自然さを補うために、自分の気持ちや感情を説明しだすのである。

第11話での柚の説明台詞は、まさしくこのパターンに当てはまっているように思います。「2巻で『柚と海都』『楓と葵』という組み合わせに傾いていたラブストーリーが、なぜか海都の退場とともに三角関係に戻る」という設定がまず先にあり、そのつじつま合わせのためにこのような大説明大会が開催されることになったのでは。コミックエール休刊の影響などもあったのかもしれませんが、このへんのぎくしゃくした話運びが非常に残念でした。

子供だましの微エロアピール

全般的にエロスの扱いがあざとくて、興ざめでした。この作品、実質的にはたいした行為はしないのに、

  • ベッドで肩もあらわな柚にのしかかる楓
  • 楓をソファーに押し倒しシャツをめくる葵、そこで押し倒し返す葵
  • 突然楓を抱きしめる柚

など、男女の性愛を想起させる構図がやたらと出てくるんですよ。そういう絵柄だけで大喜びできる子供がターゲットなのかもしれませんが、正直言って狙いすぎという印象が否めませんでした。

ちなみに百合方面では、相変わらず柚と葵のキスシーンがたくさん(回想も含めて)登場します。でも、どちらも男相手に気持ちがフラフラしている最中なので、相思相愛の「好き」をこめた唇ちゅーは結局1回もなし。上に書いた男女の描写でもそうですが、エロっぽく見せようという狙いが見え見えなわりには、形ばかりで心理的なエロさが希薄な気がします。そのへんも今ひとつでした。

まとめ

1巻の勢いはどこへやら、悲しくなってしまうほどカタルシスに欠ける最終巻でした。三角関係に戻るなら戻るで、そこまでの経過をもう少していねいに追ってほしかった気がします。とりあえず、2巻を読んだときに危惧したような、「コドモだった葵も『成長して』、『正しい』異性愛に帰着しました☆」みたいな結末でなかったことだけは幸いですが、これならいっそヘテロカップルを2組作って終わらせた方が面白かったかも? とりあえず、百合ものとしても思春期ラブコメとしても、個人的にはあまりおすすめしません。