石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『蝋燭姫(1)』(鈴木健也、エンターブレイン)感想

蝋燭姫 1巻 (BEAM COMIX)

蝋燭姫 1巻 (BEAM COMIX)

中世ヨーロッパの骨太な百合物語

王宮を追われ修道院に送り込まれたお姫さま・スクワ姫と、姫をひたすら守ろうとする侍女フルゥの物語。面白かったです。粗野で一途なフルゥをはじめとして人物造形がとてもうまいし、物語の求心力もすばらしい。悲運のお姫さまを話の柱に据えつつ、ただのお涙頂戴ストーリーにも、柔弱なメソメソ百合話にも堕していないところが新鮮でした。わかりやすい構成もナイス。「漫画」と「絵画」の架け橋をなすような不思議なタッチの絵柄も魅力的で、最後までわくわくしながら読みました。早く続きが読みたいです。

人物造形のたくみさ

どのキャラもそれぞれによく練られているのですが、ここではもっとも印象深かったフルゥとヤージェンカについてのみ触れてみます。

1. フルゥについて

まずフルゥについては、「姫さまを慕う侍女」の紋切り型から完全にはみ出したキャラクタであるところが最高に面白いです。たとえば『グイン・サーガ』のクム虜囚時代のアムネリスとフロリーみたいな同性愛関係を期待してこの漫画を開いた人は、それはそれは当惑することでしょう。

白人ばかりのこの物語にあって、フルゥは唯一の有色人種です。しかもあまり上品な階級出身ではないことは、彼女が大真面目で口ずさむ歌の歌詞を見れば一目瞭然。内容はここでは伏せますが、アファナーシエフの収集したロシア民話の数々を思わせる猥雑さとおおらかさで、つまりは「下賤な民衆」そのものなんです。フルゥがスクワ姫に抱く強烈な敬意と愛着の裏側には、自分にはない「身分」と、それにともなう「誇り」へのあこがれといったものがあり、それがこのキャラの立体感をよりいっそう際立たせています。

フルゥは姫の護衛役もつとめており、もっぱら細身の剣をよく使うのですが、そこで安っぽい百合ものにありがちな無敵の騎士様役をふられてしまっていないところも痛快でした。血まみれになって次から次へと悪漢を屠りつつも、フルゥの表情には余裕はなく、汗や、時には涙さえ浮かんでいるんです。「肋から生まれた者」(p. 175)の非力さを、強がりと姫さまへの愛だけでカバーして、ぎりぎりのところで戦ってるんですよこの人は。そのけなげさや必死さに人間らしい手ごたえがあって、本当によかった。

2. ヤージェンカについて

ヤージェンカはフルゥたちが世話になる修道院の修道女です。生まれも育ちも不明、どこか娼婦風のはすっぱさを漂わせる彼女ですが、どうしてなかなか深いキャラクタなんですよこの人。憎まれ役っぽく登場しておいて、あれよあれよとスタンスが変わっていき、ここ一番ではきっちりと見せ場も作ってみせるというかっこよさに唸らされました。肝が据わっている上に愛情深い、いいキャラだと思います。百合方面でも、いや、百合方面でこそ要注目。あたしはこの作品は間違いなく百合/レズビアンものだと思うのですが、それにはヤージェンカの存在がかなり大きいです。

ストーリーも鮮烈

まず、「可哀想なお姫さま」を眺めて喜ぶためのお涙頂戴物語でも、姫君と侍女のテンプレいちゃこら百合話でもないところがとてもよかった。もっと新鮮かつ強烈なお話ですよ、これ。スクワ姫は単なる悲劇のヒロインではなく、聡明さと芯の強さを持ち合わせているし、フルゥとの関係も「ほらほらお前らこういうのが好きなんだろう?」的な人をなめくさった百合ロールプレイでは全然ないんです。

お話全体のわかりやすさもみごと。この1冊は、巻の前半で徹底して「フルゥがいかに姫さまを好きか」を描き、後半で「スクワ姫を取り巻く運命の激動」になだれ込むという、非常にメリハリのきいた二部構成になっています。この大胆な構成がうまく働いて、中世ヨーロッパという日本人にはあまりなじみのない世界のお話を、ぐっと身近なものとして感じさせることに成功していると思います。真ん中に挟み込まれた幕間的4コマ「間奏 憧れて」でキャラたちの内面をさりげなく掘り下げてみせるところもうまいです。

絵柄も魅力的

一種独特な絵柄がたいへんに魅力的です。人物の目鼻や骨格、肉の付き方などが、漫画というより非常に絵画っぽい感じなんです。キャラごとの体つきの違いは言わずもがな、そばかす少女には胸にもそばかすを散らせるとか、乳輪や乳首の形状まで逐一描き分けるとかの細かさもすごい。ちなみに線そのものもミュシャっぽくて、あまり漫画チックではない感じ。それでいて人物の表情はきちんと日本のMANGAの文法で処理されているという、他に例を見ない絵柄です。あたしはすごく好きですこういうの。

まとめ

特異な絵柄と鮮烈なキャラ、明快でスリリングな展開と、三拍子揃った百合作品だと思います。悲劇の姫君とその騎士役(の侍女)を描きつつ、ステレオタイプに少しも迎合してないところがすばらしいです。百合/レズビアンものとしては、フルゥとスクワ姫だけでなく、ヤージェンカの存在も実によかった。今後の展開も楽しみです!