石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『オハナホロホロ』(鳥野しの、祥伝社)感想

オハナホロホロ (Feelコミックス)

オハナホロホロ (Feelコミックス)

新しくてあたたかい「家族」ドラマ(♀♀要素あり)

翻訳家の主人公「麻耶」のマンションに元カノ「みちる」が幼い息子を連れて転がり込み、そこに階下の男性住人「ニコ」も加わって、ゆるいつながりの家族が形成されていくというお話。すごくよかったです。「家族」のコアに、血縁だのロマンティック・ラブ・イデオロギーだのという古臭い概念が持ち込まれないところがまず斬新。いちいち説明的にセクシュアリティの線引きをしないところも、等身大な感じで好き。感情描写がひたすら鮮やかで、だからこそ結末の甘やかなあたたかさがいっそう身にしみるところもよかった。いいもの読ませてもらいました。

『オハナホロホロ』における「家族」について

「排他的な1対1の関係にあるカップルが恋愛して、セックスして、血のつながった子供を育てるのが『家族』」みたいな固定観念にふわりと疑問符を投げかける作品だと思います。そもそも麻耶とみちるは女同士で、しかも今回の同居条件は「性愛ナシ」。4人のメインキャラのうち血がつながってるのはみちると息子だけで、結婚(というか、異性婚)は、かえって今の4人のつながりを破壊しかねないものとして描かれます。この4人をつなぐのは、ただ「この人(たち)が好きで、一緒にいたい」という気持ちだけ。それだけで家族というか家庭は作れるし、実はそれがいちばん大切なことだと、この作品は伝えてくれます。

下手をすると同性カップルまでが旧来の「家族」観に迎合し、「私たちは1対1でセックスして子育てもしてて、ヘテロの家族と同じなんだから認めて!」なんて言い出しちゃう昨今にあって、この作品の視点はとても新しく、かつ、あたたかかったです。あらゆる性的マイノリティだけでなく、実は従来の硬直した「家族」枠に息が詰まりかけているシスジェンダー異性愛者をもエンパワメントしてくれる物語なんじゃないかと思います。

キャラクタたちの感情描写について

オーブンで鍋ごと蒸し焼きにしたプリン。レンジではなく鍋であたためたホットミルク。卵を落としたあつあつのうどん。こうした小物に象徴されるあったかい幸福感が、まず素晴らしいです。つまり、とにかくモノ(特に食べ物・飲み物)を使ったシズル感あふれる感情表現がうまい作品なんです。

さみしい時にはロイヤルミルクティ(またはチャイ?)も吹きこぼれ、湯気まで少なかったりします。また、膝を抱えて座りながらひとり見上げる天井の高さとか、ぽつんと置かれたヌイグルミとか、買っておいたのに無駄になってしまった食材とかでさりげなく演出される「さみしさ」のインパクトもすごかった。このようにして、きゅーっと心臓が縮こまるようなさみしさが容赦なく描かれているからこそ、前述のあたたかさや幸福感がより生きてくるんだと思います。

セクシュアリティの描写について

わざわざ「この人はレズビアンで、この人はバイセクシュアルでー」なんて説明はいっさいしないんですよ、この漫画。そこがかえってリアル感があってステキでした。ていうか、もう本当にあるから、こういう関係!! 元カノが男作って失踪したとか、その後突然帰ってきたとか、女同士のカップルの子供を周囲一同でよってたかってかわいがって育てるとか、普通にあるから! で、そこでいちいちお互い「私は同性愛者」とか「この人は両性愛者」みたいなラベリングするのって、意味ないもん。セクシュアリティの線引きがいかに曖昧で、誰がいつどんな相手と恋に落ちるかわからないってことは、当事者だったらよくわかってるしさ。大事なのは今、誰をどのように好きで、どんな関係を作りたいかってことだけだもん。

ちなみに、麻耶とみちるが性愛抜きで同居しているからと言って、この作品に女性同士のエロスが存在しないというわけではありません。麻耶がセックス抜きの関係を要求したのは、おそらくみちるにまた捨てられることを恐れるがゆえであって、性的な欲望がゼロだってわけではないと思います。実際、不意打ちの「友情のキス」や、熱を出して寝込んでいるときのハグ要求など、エロティシズムを感じさせる場面は随所にありますしね。ひょっとしてこの後関係が安定したらまた性愛込みの仲になるのかもしれないし、ならないのかもしれない。ならなくても全然かまわない。そういうハンドルの遊びのあるパートナーシップを描いた漫画なのだと思います。

まとめ

あったかくていとおしいホームドラマ。人が人と暮らす幸福を、性愛主義や異性愛主義、血縁主義などの古臭い(そしてうさん臭い)イデオロギーからみごとに切り離してみせた力作だと思います。麻耶とみちるの♀♀関係も含め、セクシュアリティの扱いもよかったし、なんといってもキャラクタたちのみずみずしい感情のとらえ方がナイス。一気に読破して最後に描き下ろし番外編「yum yum yummy」を読んだときのあの満足感ときたらもう、おいしい食事の後で熱々のできたてプリンを頬張る幸せにも匹敵するものがあるかと。ああ、これだけ書いてもこの作品の良さや面白さが全部伝えられた気がしないっ。とにかく、読んでください!