石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『地球移動作戦』(山本弘、早川書房)感想

地球移動作戦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

地球移動作戦 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

本格長編宇宙SFながら、女性同士の愛がフツーに登場

タキオン推進が実用化された西暦2083年。地球の600倍の質量を持つ天体が24年後地球にニアミスし、壊滅的な被害をもたらすと判明し、人類存亡の危機をかけた「地球移動作戦」が始まるという壮大なSF小説です。宇宙科学用語がガンガンに飛び交う作品でありながら、実は非常に人間的な泥臭いテーマを秘めているところがユニーク。ACOM(人工意識コンパニオン)を使って「虚構と人間」「虚構の持つ力」を描いていくところが面白いし、女性同士の愛がごく当たり前に出てくるところも楽しかったです。ちなみに女性同士のカップルは計2組あります。

「虚構と人間」「虚構の持つ力」

作中に複数登場する「ACOM」は、バーチャルリアリティに存在する「人工意識コンパニオン」。アーゴ(拡張現実ゴーグル)をかけているときだけ見える、架空のキャラクタです。アーゴを常時装着している人が多いこの世界では、ACOMはひと昔前のSFで言うところのアンドロイドのような存在になっています。

このACOMが非常に面白いのは、

  • 実体を持たない、完全に架空の存在であること
  • 人間とは違う「キャラ」的な存在であること

の2点。金属製のスケルトンボットにダウンロードすれば触ることはできますが、その感触はあくまで金属で、ACOM本来の見かけとは違うものです。ゆえに、たとえばセクサロイドとして使うことは物理的に不可能。またACOMのデザインそのものが、わざと側頭部や手の甲に半透明のパーツがはめこまれていたり、人間にはありえない髪の色をしていたりして、人間よりもアニメや漫画のキャラクタに近づけてあったりします。でも人はこのACOMと友達になり、場合によっては恋をし、ACOMとともに未来を切り開いていくんです。

これは「虚構の持つ力」を全肯定するお話だなあと思いました。もっと言ってしまうと、「虚構」と「現実」は実は地続きになっていて、人類は昔から虚構の持つ力に翻弄されたり、あるいは助けられたりしてきたということを示唆するお話なのではないかと。そこが非常に面白かったです。

「人間は信じたいものしか信じない」

虚構と人間についての話をもう少し続けます。この作品は一種のパニック小説なわけですが、地球の危機を信じず陰謀論を唱えたり、神の望む終末だと思い込んだりする人々がかえって人類を危機に陥れるシークエンスが何度か出てきます。映画『ミスト』におけるミセス・カーモディが集団で宇宙テロリストになったようなもの、と言えばわかりが早いでしょうか。これは怖いですよー。作中の「人間は信じたいものしか信じない」という台詞が、ずっしり胸に響いてきます。

で、この狂信的テロリストたちのもたらす恐怖もまた、「虚構の持つ力」を指し示すものではないかとあたしは思うんです。陰謀論も宗教も、人間が作り出した架空現実ですからね。単純な「バーチャルリアリティばんざい」というお話でなく、「架空現実は人を力づけもすれば、滅ぼしもする」というテーマを含んでいるところが心憎いと思います。

女性同士の愛について

ふた組の♀♀カップルのうち、片方は人間とACOM、もう片方は人間と人間という組み合わせになっています。さすが未来だけあって、「同性間の結婚はずいぶん前に合法化していて、今や珍しくもない」(p.
262)という設定ですし、第3部の主人公魅波はバイセクシュアルだったりします。無意味な「禁断」「背徳」臭がしないところがまず嬉しいし、特に魅波の恋については、クライマックスのものすごくベタな会話とか、熱くてよかったです。テクニカルタームがびっちり散りばめられたSF長編でありながら、人間の感情のこういう泥臭い部分を堂々と押し出してくるところがすごく好き。

ただし、女性同士のカップルがどちらも「男性的な口調の凛々しい女性×女性的な女性」という組み合わせなところはやや退屈だと思わないでもないです。せっかく同性愛が特別視されない世界だっていうのに、結局「男性的なるもの×女性的なるもの」というパターンの恋愛しか出てこないというのは、ちょっと物足りません。そこだけ残念でした。

その他

SFらしいジャーゴンやガジェットがとにかく多いので、「SFの産湯につかってSFのミルクを飲んで育った」というタイプの人でないと読むのはちょっと大変かも。でも、話の根幹である「地球を移動させる」というとんでもないアイディアだけつかんでおけば、お話の本質を押さえるには十分かと。

まとめ

「地球を動かして危険回避する」というアイディアだけでも面白いのに、そこに架空現実というテーマをからめてひとひねりもふたひねりもしてあるところがすばらしかったです。女性同士の恋愛の熱さも、とてもよかった。ただし、♀♀カップリングは結局「男っぽい人×女っぽい人」パターンしか登場しないし、同性愛そのものがテーマの話でもないので、百合/レズビアン小説をお探しの方はそこだけご注意を。「女性同士の恋が当たり前に出てくる本格宇宙SF」としてとらえておくのがベストだと思います。