石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『オールド・フレンズ(上・下)』(浅倉卓弥、宝島社)感想

オールド・フレンズ (上)

オールド・フレンズ (上)

オールド・フレンズ (下)

オールド・フレンズ (下)

辛気くさい上にピンとこない「ガールズ・ラブ」小説

幼馴染みの「はるか」と「まこと」(どちらも女)のラブストーリー。帯によるとこれは「第1回『このミス』大賞受賞作家が本気で目指したガールズ・ラブの至高」なんだそうです。でも、あたしには最後までピンときませんでした。ストーリーが辛気くさい上に、途中から小説というより「ジェンダーとセクシュアリティについての調べ物発表会」になってしまうところが、まずマイナス。オチが手垢のついた「モノガマスなカップル+子供」セットの礼賛パターンであるところも今ひとつ。また、女性同士のエロスが最後まで否定的に扱われているところも気になりました。女性同士のラブストーリーではあるのですが、あたしにはどこまでもピンと来ない小説でした。

とにかく辛気くさいです。

大人になったはるかが認知症の父親を介護しつつ不倫の泥沼にはまり込んでいるという設定もじゅうぶん辛気くさいのですが、それ以上に、女性が好きな女性キャラたちがとことんロクな目に遭わないのにうんざりしました。非業の死をとげたり、惚れてもいない男と仮面夫婦になったり、性暴力を受けたり、家出して身体を売って生活したりと、そんなんばっかなんですよ。まるで同性愛者を不幸な存在としてしか描けなかった大昔のフィクションみたいです。大昔と言えば、女性キャラ全般のあたかも数十年前の邦画みたいなしゃべり方も、辛気くささに拍車をかけています。「ガールズ・ラブ」というより、これは昭和半ばの陰気な「レスビアン小説」(『レズビアン』でないところがポイント)のノリでは。

「調べ物発表会」について

下巻冒頭で膨大なページ数を割いて「ジェンダーとセクシュアリティについての調べ物発表会」が繰り広げられるところにげんなりしました。一応悩めるまことが本を通して得た知識という体裁こそ取られてはいますが、長大なわりに内容が浅く、面白くもなんともないです。あそこまでくだくだしい説明が、果たして物語に必要だったかどうかもすごく疑問。

たとえばの話、パトリシア・ネル・ウォーレンが作中でセクシュアリティについてあんなに長ったらしい講釈を行ったでしょうか。あるいはジョン・フォックスが。サラ・ウォーターズが。森奈津子が。してないでしょ。あーんな、「世間の人は同性愛について何も知らなくて当然! だからここで親切にも私が調べたことを伝授してあげましょう、えっへん」みたいな部分を盛り込むこと自体が同性愛に対する侮辱だし、作品のテンポも削ぐってものです。

女性同士の官能について

まことがはるかに対して抱いている欲望が、女子というより思春期男子の旺盛な性欲と、その反動としての性嫌悪に見えてしまうところがまず気になりました。さらにその欲望が満たされるのが、せいぜい使い古された風邪の看病シチュ(看病で身体を拭いてやっているうちに我慢できなくなって云々という例のパターンです)ぐらいしかないあたりも今ひとつ。ちなみに、あんなに「調べ物発表会」が繰り広げられている一方で、なぜか基本的にまことの愛と欲求は「どこかおかしい」「絶対正しくない」(下巻p. 118)ものとしてとらえられています。ハッピーエンドなはずの結末でさえ、はるかから

お父さんが生きている間は気がひけるんだ

と言われて(下巻p. 290)、セックスはおあずけのままです。ちなみにはるかって、不倫相手とはズッコンバッコンハメまくってた人なんですよ。そっちは気がひけないのに、女とやるのは気がひけるって、何それ意味わかんない。女性同士の愛の物語という体裁を取りつつ、このように女性同士のエロスは結局最後まで抑圧され切ったままであるところが、非常にひっかかりました。

「モノガマスなカップル+子供」セットについて

レズビアニズムをここまで抑圧的に描く一方で、「モノガマスなカップル+子供」というセットをあっさりと持ち上げて終わる結末にがっくり。結局これって旧態依然とした「夫婦+子供=家族=幸せ」っていうヘテロ家族イデオロギーの焼き直しに、アクセントとして同性愛という「禁断」をあしらってみただけのお話なのでは。そういう意味でも、これが「ガールズ・ラブ」小説だとはあたしには全然思えませんでした。

まとめ

女性同士の物語ではありますが、帯に反して少しも「ガールズ・ラブ」っぽくない作品だと思います。女性が好きな女性がこぞって不幸な目に遭い、同性愛が終始「うしろめたいこと」「珍奇な研究対象」として描かれ、さらにオチは女2人で異性カップルの家族イデオロギーをなぞって終わり、というこのお話のどこが「ガールズ・ラブ」なんだか、あたしにはわかりません。むしろ、ガールズ・ラブ・ヘイティングな小説じゃないの、これ。女性同性愛についての感覚が昭和の時代で止まっている方ならともかく、平成の百合/GL読みさんにはおすすめできかねる作品だと思います。