石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。

『くちびるに透けたオレンジ』(ロクロイチ、一迅社)感想

くちびるに透けたオレンジ (IDコミックス 百合姫コミックス)

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幼く内気な少女の悶々ストーリー

美しい転校生に悶々と片想いする、シャイな欲求不満少女の物語。一部「映画『ルームメイト』かよ!?」と思ってしまうような部分があり、あたしにはちょっと合わない感じでした。クライマックスのエロゲチックな都合の良さも気になるところ。ちなみにセックス描写はティーンズラブ風味で、リードする側・される側が完全固定、自慰シーンもありです。なお、全6話の表題作の他に、読み切り作品「閉じててね、心」「これが恋なのかわからない」も収録されています。

映画『ルームメイト』風味な部分について

表題作の主人公「千鶴」は、転入生「叶」(かなえ)に憧れるあまりおそろいの服や小物を集め、同じシャンプーやリップグロスを買い、しまいには叶の髪によく似たウィッグを装着して鏡に見入ります。この一連の行動に、恋というより微妙にサイコな香りを感じてしまい、あたしにはちょっとついて行けませんでした。絶対にそうならないとわかってはいても、「で、いつ叶に襲いかかって成り代わろうとすんの?」と思ってしまうんですよ、どうしても。

好意的に解釈するならば、千鶴の一連の行動は、自己と他者の境界線があいまいで、「恋」と「あこがれ」が未分化な思春期ゆえのものということになるのでしょう。主題を恋愛に限定せず、「幼く不安定な熱情を描く」というところに持ってきたのだろうとは思うし、そういうテーマこそがツボな方にはこの上ない傑作であるのかもしれません。

けれども、好きな人との同調・同化をよしとする女子女子した価値観そのものを不気味に感じてしまうあたしには、これはむしろとても怖い話に見えてしまいます。人が人を恋うお話というより、他人に投影した理想の自己像に興奮するナルシシストの物語にしか見えず、共感しにくいものがありました。

クライマックスについて

「主人公がモジモジしていると、憧れの美少女が勝手に迫り倒してくれてセックス突入」というきわめてエロゲ的なクライマックスとなっています。ここでものすごく納得いかないのが、「なぜ、叶は千鶴を好きになったのか」がまったくわからないこと。「なぜ」ではなく「何をきっかけにして」と言い換えてもいいんですが、あたしには叶の行動が唐突すぎるものに見えてしまい、頭がついていきませんでした。このあたりも結局、「相手と同じような行動をとること=好意の証」みたいな女子コミュニティ文化に共感できるかどうかで解釈が変わってくるのだろうなとは思います。

Hシーンについて

柔らかな線による着衣エロが主体です。愛撫する側・される側の役割が固定されており、かつ愛撫される側の感覚に力点を置くという、わりとティーンズラブっぽい描き方。尺が長いし、キスシーンや自慰シーンにも力が注がれているので、エロ目当てな方にはおいしい1冊かも。キスの場面での舌のいやらしさとか、よかったです。

その他

読み切り作品「閉じててね、心」は身体から入るラブストーリーで、性描写多め。表題作よりこちらの方が好きかも。「これが恋なのかわからない」は友情と恋との混沌とした境界を描くお話で、どちらかというと表題作寄りの位置にあると思います。

まとめ

表題作は百合なお話というより、「自我形成期のナルシシスティックな悶々と、駄目エロゲ的棚ぼたセックス」の物語なんではないかと。主人公のまだ恋と憧憬がないまぜになっている幼さや、いかにも女子コミュニティめいた「おそろい」「一緒」感覚に共感できる方でないと、ちょっと厳しいものがあると思います。短編「これが恋なのかわからない」を見るに、恋というより「思春期の揺れ動く心情」というモチーフを得意とする作家さんなのかもしれないな、と思ったりしました。