石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『三日月の蜜』(仙石寛子、芳文社)感想

三日月の蜜 (まんがタイムコミックス)

三日月の蜜 (まんがタイムコミックス)

みずみずしく胸痛む百合ストーリー

リリカルな4コマ作品集。表題作(全8話)と、読み切りの「一途な恋では」が百合ものです。どちらも可愛く、みずみずしく、それでいてチクチクと胸痛む極上の百合ストーリーでした。表情豊かなキャラたちにもよく寝られたネームにもリアリティがあるし、露骨な性描写がないところも、かえってエロティックでした。

「三日月の蜜」について

好きな人へのあてつけから同性の「桃子さん」とつきあうことになってしまった「佐倉さん」の物語です。見どころは、佐倉さんの中の罪悪感が次第に別の感情へと変化していくところ。このチクチクくる痛みと甘酸っぱさを、どう形容したらいいんでしょう。どちらも女同士の関係の中に確実に存在し得る感情なんですが、それをリアリティたっぷりに、かつ甘くやわらかく描いていくところがとてもよかったです。

2人の心理描写の要となっているのが、佐倉さんのくるくる変わる表情と、桃子さんのキャラ立てのうまさ。前者はもう、表紙を見れば一発。「年下の男の子をたぶらかしてる気分……」(p. 23)という桃子さんの台詞に深くうなずいてしまった読者も多いことでしょう。また桃子さんについては、おおらかな性格とほんの少しの「卑怯」(p. 17)さ、そして「衝動買い」(p. 64)というキーワードをもってくるあたりがうまいなと思いました。下手をすれば一種の都合のいい女にされてしまいそうな立場の桃子さんが、そうしたステレオタイプに全然陥っていないのは、このような仕掛けが功を奏しているからだと思います。

「一途な恋では」について

春になれば異国に嫁いでしまう姫様と、その侍女との百合物語です。軽い口あたりのファンタジーなのですが、根っこのところでは現実としっかりリンクしていて、そのリアル感にもんどり打ちました。何がリアルって、百合な関係に、半ば義務づけられたライフコース(なんたって姫様ですからね)としての「異性との結婚」という概念ががっつり持ち込まれているところ。侍女の台詞や独白が、胸にいちいち刺さること刺さること。女同士の関係って、浮世離れした女子校でぽわわんと「好きよ♥」「一生一緒にいましょうね♥」とか言い合ってりゃ済むってもんじゃありませんからね。

別のことばで言い換えるならば、「強制異性愛社会の理不尽さ、残酷さ」をきちんと想起させるつくりになっているところがいいんですよ。かなわぬ恋を描きつつも、「百合界にはびこる細木数子ズについて - みやきち日記」で批判したような、「ストレートの(=自分たちの)側の暴力性に目をつぶって『同性愛者は自動的に不幸になるべく運命づけられているのだ、ああ切ない切ない』とうっとりする作品」とはずいぶん違うタッチで仕上げられた作品だと思います。

他には、

「雨ですよ」

の台詞(p. 125)での場面転換もあざやかで、ぐっときました。タイムリミットで物語を盛り上げるという王道中の王道の手法が、高い効果を上げていると思います。オチのリフレインもほろ苦くて、よかった。8ページの掌編ながら、伝わってくるものはもっとずっと大きい作品です。

その他の作品について

描き下ろしの姉弟もの「間接、直接」のラストシーンの官能にノックアウトされました。露骨な描写より、婉曲的な描き方の方がはるかにエロティックだというお手本のようなページだと思います。描かないからこそかえってエロティックというのは上記百合作品にも共通する傾向であり、このあたりの匙加減は非常にツボでした。

あとがきで「私の中ではほんのり百合」(要約)とされている「ちょっと早いけど干支」もよかったです。言われてみれば、これはたしかに微百合……! 温泉につかる2人(?)の姿を想像して、ほのぼのとなごんでしまいました。

まとめ

いい作品集でしたー! やわらかく繊細な表情、胸を刺す毒、控えめであるがゆえに匂い立つ官能、そして甘酸っぱさなど、どれをとってもすばらしかったです。単にフワフワしているだけじゃない百合ものが好みな方に、すごくおすすめです。