石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『蒼穹のカルマ(6)』(橘公司、富士見書房)感想

蒼穹のカルマ6 (富士見ファンタジア文庫)

蒼穹のカルマ6 (富士見ファンタジア文庫)

新展開。面白いけど、やや小粒

姪の在紗にデレデレの元騎士・鷹崎駆真(♀)の物語、第6巻。とある事情で死んでしまう駆真を救うべく、未来から来た在紗たち(複数なんです、ええ)が奮闘するという新展開です。つまり、タイムトラベル&パラレルワールドもの。いつも通りの軽妙なタッチは楽しかったのですが、全体的にいささか小粒な印象が否めないところが残念でした。設定にもう少し新味を添えるか、いつものようなあっと驚く伏線を仕込むかしてくれてあったら、もっとよかったかも。

このへんがちょっと小粒

タイムトラベル&パラレルワールドものというジャンル自体がクラシックなので、よほどのことをしない限り突出するのは難しいと思うんです。「愛する人を救うため、時空を越えてトライ&エラーを繰り返す」というプロットの百合小説なら、『紫色のクオリア』(うえお久光、アスキー・メディアワークス)という先行作品が既にあります。ストーリーをダイナミックに分岐させ、愛とスリルで最後まで読者を振り回してみせる大傑作です。で、残念ながら、カルマ6巻はこれを越える域にまでは到達し得ていないように思います。

また、主人公が序盤で死んでしまうというショッキングな展開も、百合じゃないけど『二分割幽霊綺譚』(新井素子、講談社)というSFに既にありますね。駆真の直接の死因にこそ最初は驚き、ウケましたが、似たような死に方が何度も繰り返されること、そしてそれを回避するはずのキャラたちが、わざわざそういう状況を招いているとしか思えない行動を繰り返すことなどがせっかくの驚きを台無しにしてしまっていると思います。何にせよ、もう少し読者の意表を突くような部分が欲しかったです。

でも、面白いことは面白い

キャラ萌えや軽いギャグの部分に関しては、いつも通りの面白さと言っていいかと。アステナやウタ、音音に沈音、冬香、そして忘れちゃいけない鳶一槙奈など、おなじみメンバーの活躍っぷりは既に円熟の極みに達しています。特に槙奈のいじらしい奮闘には涙を禁じ得ませんでした。キャンディカルマネタといい、更衣室での一件といい、いじられ役として不動の位置を確保したキャラだと言えましょう。計6人の在紗のそれぞれの魅力もよかったし、それに百合百合しく翻弄される駆真の姿も楽しかったです。

そんなわけで、もしこれまでのシリーズを読まず、単体でこの作品を読んだのであれば、小粒だなどとはまったく思わなかったかもしれません。これまでのプロットの立て方があまりにも巧みだったがゆえに、どうしてもそれと同水準のものを期待してしまい、拍子抜けしてしまったということはあると思います。

まとめ

単品として読むなら、十分笑える良作コメディなのかもしれません。しかし、これまでの緻密かつ破天荒な「カルマ」シリーズと比べると、正直ちょっと物足りない気もします。ひょっとしたらこれは「蒼穹のカルマ・シーズン2」(と勝手に命名)の新キャラ顔見せ的な意味合いの巻で、7巻以降はいつもの調子に戻るのでしょうか。そうだといいなあ。