石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『それが君になる』(袴田めら、一迅社)感想

それが君になる (IDコミックス 百合姫コミックス)

それが君になる (IDコミックス 百合姫コミックス)

ストーリーラインは弱いかも。でも、細部がすばらしい

26歳女性「雨音」と、雨音のかつての恋人にそっくりな女子高生「陽」との不器用なラブストーリー。筋立てこそ起伏少なめですが、反面、細部の演出がすばらしかったです。百合な関係を近視眼的に賛美するのではなく、直喩法を駆使してひと味違った描き方をしていくところも面白いと思いました。

ストーリーはかなりシンプル

大筋だけかいつまんで言うと、「失恋で閉ざされていた雨音の心が陽によって暖められ、ふたりは恋人に」となります。流れはおおむね予定調和的で、途中で雨音の元カノ「雪」が登場するあたりも、ある意味王道パターン。そんなわけで、先が読めないハラハラ百合恋愛をお探しの方には不向きかと。この作品の本当のすごさは、筋そのものよりもむしろ演出のきめ細かさと、百合な関係のとらえ方にあると思います。

演出について

キャラクタの動作の描き方が計算され尽くしており、要所要所で高い効果を上げています。代表的なのが、p. 37で雨音に手を伸ばす雪の姿。これは雪の実際の立ち姿ではなく、雨音の心象風景なんですよね。画面がアオリになっているのは、当時の雨音にとって雪が振り仰ぐべき存在だったから。画面の向こうから風が吹き抜けてくるかのような表現は、彼女が雨音により広い世界を見せてくれたことの象徴。そんな雪に優しく手をさしのべられた雨音の幸福感が強く伝わってくる名場面です。他には、リンゴをむくナイフが雨音の心のトゲの暗喩になっているシークエンス(pp. 59 - 60)も秀逸でしたし、切符を拾う陽の姿(p. 11)のような、女のコへの萌えがぎゅっと詰まったポスチャーの数々もよかったです。

百合な関係のとらえ方について

序盤に出てくる、

私…女の子が好き 綺麗で汚れていないから

なんてありがちな台詞(p. 8)に騙されてはいけません。「汚れていない」どころではない場面もきっちり出てくる上に、さらに一歩踏み込んで、「恋が終わった後も胸に残る感情をどう受け止めるか」というところまで追求するのがこの物語です。「私たちの愛は永遠ね♥」みたいなところで思考停止しない、もうちょっとオトナなお話なんですよ。

非常に面白かったのは、胸に残り続ける気持ちを形容する直喩の数々。代表的なのが、雨音のこのモノローグ(p. 58)です。

…好きとは違うかもしれないわね
呪いみたいに神様みたいに ずっと心にいるんだわ…

陽とのかかわりによって、これが変わっていくところが見どころ。具体的にどう変化していくのかは伏せておきますが、面白いのは、「雨音の間違った比喩が、恋によって正しい比喩に変わりました」というわけでは決してないこと。こと恋愛(と、その後残るもの)に関しては、この作品に出てくるどの直喩もすべて正解なんだと思います。人生のどのステージにいるかによって、同じ物事でも見る側面が変わってくるということなんじゃないかな。最後の直喩三連発の直後に紡がれるラストシーン、よかったですよ。

まとめ

ストーリーそのものはシンプルですが、味つけが絶妙でした。こまやかな演出も、女のコ萌えがたっぷり詰まった絵も、そうだそうだとうなずきたくなる直喩の数々も、みなよかったです。王道なのに鮮烈、という、たいへんユニークな百合漫画だと思います。