石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

百合アンソロジー『つぼみ VOL.9』(芳文社)感想

つぼみ VOL.9 (まんがタイムKRコミックス GLシリーズ)

つぼみ VOL.9 (まんがタイムKRコミックス GLシリーズ)

「ロンリーウルフ・ロンリーシープ」(水谷フーカ)イチオシです

先日発売された『この靴しりませんか?』がとてもよかった水谷フーカさんの、「ロンリーウルフ・ロンリーシープ」第2話がすばらしかったです。お話のメリハリのつけ方といい、台詞の練り込みといい、ヒキのうまさといい、絶妙のひとこと。他に面白かった作品は、「花と星」(鈴菌カリオ)、「しまいずむ」(吉富昭仁)、「タンデムLOVER」(カサハラテツロー)、「Under」(かずといずみ)、「prism(#1)」(東山翔)など。

「ロンリーウルフ・ロンリーシープ(第2話)」について

第1話でめでたくつきあい始めた垣本伊万里さんたち(同姓同名)が、さらに距離を縮めていくという内容です。デートがらみの緊張や、とろけそうな幸福などの描写は、それだけでも百合漫画としてじゅうぶん成り立つ面白さ。でも、この作品がすごいのは、そこから先に踏み込んだ部分をも描いていくこと。百合だからひたすらあまあまいちゃいちゃにしとけ、ってんじゃなくて、キャラクタの欠落や痛みをきちんと描いてくれることです。
お話はまず、小さい伊万里さん(絵描きの伊万里さん)の側のダークサイドに踏み込んでいきます。表情や間のとり方、さらに画面の明暗のつけ方などで幸福と絶望のコントラストを作り出す手腕がみごとでした。だからこそ、クライマックスでのあの花のような笑顔がよけいにぐっとくるわけで。

また、大きい方の伊万里さん(ガテン系の伊万里さん)による救済が、ヘテロ恋愛における男性ロールモデルの行動パターンとずいぶん違っているところも、百合っぽくてよかったです。とくにぐっと来たのは、大きい伊万里さんのこちらの台詞。

こんな私でよかったら 頼ってほしい!
2人で頑張って もし だめだったら
次にどうしようか 2人で一緒に考えよう?

「頼ってほしい」のところまでは、ノンケ男性でも言うと思うんです。でも、その後、「もし だめだったら」と仮定したり、「2人で一緒に考えよう」と提案したりというのはどうでしょう。言ったら言ったで「弱気すぎる」「男らしくない」とか言ってご不満になる女性も少なくなさそうですし、ここは一発パターナリズム全開で「俺がお前を守る」と言っておいた方が無難だという空気がありはしませんか。
でも、女女恋愛だったら、そういう既存の役割分担に自分を押し込まなくていいわけですよ。対等な個人と個人として、一緒に歩いて行くことができるわけ。女のコ同士の恋の醍醐味は、究極的にはそこにあると思います。こういう台詞がスルッと出てくるあたり、ほんとうに「女のコと女のコの恋」っぽくていいなと思いました。

ラストのヒキも絶妙でした。ここに至ってタイトルの意味がようやくわかってきた気がします。第3話にも期待大です。

その他の作品について

以下、特に印象的だった作品の感想など。

「花と星(2話)」(鈴菌カリオ)

天然VS天然の百合ラブストーリー第2話。ヒロイン「星野さん」も相当個性の強いキャラなのに、それに少しも食われない主人公の暴走ぶりが最高です。可愛いところはとことん可愛く、おバカなところはとことんおバカで、さらに次回に向けて気になる布石もありと、中身のぎゅっと詰まった回だったと思います。

「しまいずむ (その14 ラッパー)」(吉富昭仁)

互いの妹に惚れている(はずの)女子中学生、遥と芳子の青春グラフィティ第14話。今回は2人がラップごしにキスするお話なんですが、静謐なエロティシズムと究極のバカバカしさとのせめぎ合いがすばらしすぎます。あのキスシーンもあのオチも、何度見てもたまらんです(それぞれ別の意味で)。

「タンデムLOVER(#5)」(カサハラテツロー)

2人乗りの戦闘ロボ・タンデマインのパイロット養成校を舞台とする百合連作第5話。これまでとちょっと違うのは、同じタンデマインを駆る2人の百合話ではないこと。こんな角度でも百合は可能なんだ! と目からウロコをひっぺがされる思いでした。戦闘シーンの、特に爆発の効果が不思議な美しさをたたえているところもよかった。まるで詩のようだ、と見ていて思いました。心憎いオチにも大拍手。

「Under」(かずといずみ)

最初の3ページだけで「まいりました」と脱帽。出だしだけ見てただのよくある現代忍者ものだと思ったわたくしが大バカでした。かずといずみさんは2011年2月にコミックス『くろよめ』を出されるそうで、そちらも楽しみです。

「prism(#1)」(東山翔)

昔キスしたおさななじみ同士の再会もの。いちレズビアンとしては「男だと思って好きになった」「あなたが男だったらよかったのに」系の話は鬼門なので、ちょっとハラハラしながら読みました。でも、あのラストで不安は雲散霧消。そこに至るまでのさりげない伏線(喫茶店での会話と表情など)もよかったです。

まとめ

今回も「980円でこんなに楽しませてもらっちゃっていいのかしら」と思ってしまうほど充実した1冊でした。「つぼみ」はいつもそうですが、斬新なんですよね、話作りが。上記以外にも「この話のここがよかった」というのはたくさんあるのですが、とても書ききれません。ありがたやありがたや。