石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『Love, Ellen: A Mother/Daughter Journey』( Betty Degeneres、Harper)感想

Love, Ellen: A Mother/Daughter Journey

Love, Ellen: A Mother/Daughter Journey

エレン・デジェネレスの「ママ・ベティ」による手記

レズビアンの名コメディエンヌであるエレン・デジェネレスのお母さん、ベティ・デジェネレスによる手記。同性愛についてまったく無知だったベティが、娘のカミングアウトにショックを受けつつも成長し、やがてLGBT権利団体のスポークスパーソンとして活躍するようになるまでを正直に綴るメモワールです。同性愛者であるあたしにとっては、ヘテロセクシュアル側の視点を垣間見られる貴重な本でもあり、エレンの公式カミングアウト(特に「The Puppy Episode」の)の歴史的インパクトを追体験できる資料でもあり、アンチゲイ発言への適確な切り返しを学ぶ戦略本でもあるという、1冊で3度おいしいノンフィクションでした。難点は、ベティがろくでもない夫「B」とずるずると結婚を続けるくだりが長すぎ、読んでて苦痛なこと。ただし、このぐだぐだっぷりは、エレンのカミングアウト以前にベティが抱いていた保守的価値観への痛烈な皮肉としても機能しており、そこは面白かったです。

まずヘテロ的な視点についていうと、1978年に初めてエレンにカミングアウトされたときのベティの反応がすごいんです。「本気なの?」「一時的なものじゃないの?」という問いに始まり、他にも、育て方が悪かったんじゃないかとか、友だちの影響なんじゃないかとか、娘の婚約写真が新聞に載るのが夢だったのにとか、そういう陳腐で残酷なことを当時エレン相手に一通り言い放っちゃってるんですねこの人。こうした「無知だった自分」を隠さない姿勢にまず拍手。ここからの奮闘と成長で、やがてはヒューマン・ライツ・キャンペーン(全米最大のLGBT権利団体)のスポークスパースンになり、エレンのみならず全米の同性愛者とその家族たちを助ける側に回っちゃうところも拍手。

pp. 277-278に、同性愛者の娘を拒絶しているとある両親宛てにベティが書いた手紙が掲載されているんですよ。相手が感じているであろう苦しさや否定感情に寄り添いつつ現実的な提案をしていくという文面で、こういうのって生まれたときから同性愛者だったあたしらにはなかなか書けるもんじゃないと思うんですね。「あちら側の視点」を知っているというのは強みだと思いました。

次に、「The Puppy Episode」の歴史的インパクトについて。1997年4月30日に放映されたこのエピソードですが、あたしは当時インターネット環境になく、リアルタイムでは見られなかったんです。放映後の反響についても断片的にしか知らなかったので、この本で初めて詳しい経緯を追うことができました。推定4000万人もの視聴者がこのエピソードを見たこと、アラバマではTV局が放映を拒否したため、衛星放送を利用したエレン・パーティーに3000人もの人が集まったこと、「The Puppy Episode」を見た同性愛者やその家族から感謝の声が舞い込んだことなど、どれも非常に興味深かったです。もちろんネガティブな反響もいろいろあったわけですが、それを分析し批判していくベティの手際がまた面白いんですよ。自分を含め、当時の空気を知らないレズビアンなら必読だと思います。

ちなみに、ベティの切り返しのうまさについては、第11章「Questions」を読めば一目瞭然。これはLGBTについてベティがこれまでに聞かれたことのある質問とそれに対する回答を集めた章なのですが、典型的な勘違い質問への回答が明快かつ当を得ていて、すごく参考になるんですよ。同性愛者が読んでも役に立つし、家族や親しい人からカミングアウトされて当惑している異性愛者にとっても大きな助けとなると思います。

最後に、この本の唯一の難点、ベティと3番目の夫「B」との不幸な結婚生活についての描写が冗長な点について。「別れる別れるといいながらいつまでもズルズルしているベティの図」が延々続くので、読んでてたいへんイライラしました。ただし、このくだりが、はからずもベティ自身が1978年にエレンに言った言葉と痛烈なコントラストをなしているところは面白かったです。ベティはこう言ったんです(p. 8)。

お前を養って面倒を見てくれる男性がいないだなんて心配だよ。
It worries me that you won't have a man to provide for you and look after you.

果たして男性と3度も結婚したベティ自身が、「面倒を見て」なんかもらえず、少しも幸せでなかったというこの事実。皮肉だねえ。

まとめ

いくぶん冗長さはありますが、読んで損はない1冊だと思います。1997年のエレンの歴史的カミングアウトの背景や反響について知りたい人なら、特に。異性愛者の側の発想が学べるところも面白く、家族へのカミングアウトを考えている人や、カミングアウト後に否認または拒絶されているという人にはすごく役立ちそう。ちなみに残念ながら電子版は出ていないので、ペーパーバックで入手するしかないようです。