石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『Like Me: Confessions of a Heartland Country Singer』(Chely Wright, Hal Leonard Corp)感想

Like Me: Confessions of a Heartland Country Singer

Like Me: Confessions of a Heartland Country Singer

「レズビアンあるある」が詰まった強烈な自伝

2010年にカミングアウトしたレズビアンのカントリー歌手、シェリー・ライトの自伝です。面白かった! 徹頭徹尾「レズビアンあるある」が詰め込まれた本で、涙なくして読めませんでした。クロゼットな有名人として味わった苦悩の部分はさらに強烈で、平生「同性愛者は黙って隠れてろ」とか無邪気におっしゃっている皆さまは一度これを読まれるとよろしいのではと思います。ハードカバー、ペーパーバック、電子版の3種が購入できますが、カミングアウト後の反響について語ったAfterword(後記)がついているペーパーバック版がいちばんおすすめです。

まず、この本の「レズビアンあるある」部分について。こんなに見かけがフェミニンなのに幼少期はトンボイでフットボールが得意だったとか、小学校のとき女の先生に夢中になって「自分だけみんなと違う」と悩んだとか、親戚のきれいなお姉さんに恋をして、冷蔵庫に貼ってある写真を何度も何度も見に行き、「あんまり見ていたらみんなにバレる」と思い詰めて「もう盗むしかない!」とその写真をこっそり持ち去って隠したとか、もうね、わかりすぎる。レズビアンが全員これと完璧に同じ経験をしているとまでは言いませんが、読んでてぐっとシンパシーを感じる人はとても多いんじゃないでしょうか。

ちなみにシェリーは小さい頃「同性愛」という単語もその意味も知らず、周りの人たちが、「オカマ」(faggot)や「オネエ」(fairy)や「クソレズ」(dyke)や「変態」(queer)が出てくるジョークを言うのを聞いたことしかなかったのだそうです。幼いシェリーは周囲の発言からネガティブなニュアンスを嗅ぎ取り、これは悪いことなんだと思い込んでいたとか。これ、テレビのオネエ芸人を指さしてゲラゲラ笑うだけの現代日本のヘテロ家庭(ヘテロ家庭がすべてそうだと言っているわけではありませんよ、念のため)とさほど変わらない状況だと思いますよ、あたしは。何の情報もないまま、こんなのは自分だけだ、よくないことなんだと思い込んでしまった同性愛者は、多かれ少なかれみなシェリー・ライトと似たような子ども時代を送っていると思います。第5章「Underwater」のエピソードなんて悲痛きわまりないんですが、日本人の非キリスト教徒であっても同じようなことを考えたという人を、あたしは複数知っています。他人事じゃないんですよどこまでも。

思春期以降の話も、強烈なまでに「あるある」でした。男の子とつきあっていた時は性的な誘惑を断るのなんて簡単で、自分はモラルと自制心があると思い込んでいたのに、初めて同性と触れ合ったら全然それどころではなかったとか。それでいて、首尾良く女同士でつきあえてもなかなか自分の性的指向が肯定できず、自分も相手も無駄に傷つきまくったりとか。相思相愛のはずの恋人が「ノーマルになりたい」と言いだして男と結婚しちゃったりとか。それでもなおかつ関係が切れず、ズルズル続いてしまったりとか。ほかにもいろいろ、読んでて血の涙が出そうな記述が山と詰まってました。シェリーはペーパーバック版のAfterwordで、自分がカミングアウトしたのはLGBTユースのためだと語っていますが、それはつまり、後進にはもうこんな不毛な苦労を味わわせたくないってことだと思います。すごく共感できるわ、そこ。

有名人となってからのシェリーの苦悩は、さらに壮絶です。異性愛者だったら無邪気に喜べるようなビッグニュースも、クロゼットにいる同性愛者のセレブリティーにとっては、一瞬で恐怖や警戒の対象になってしまい得るからです。たとえば2001年、シェリーはインタビュー中に、廊下がなんだか騒がしいことに気づきます。「いや、まだ今は彼女に言うな」とかなんとか言ってる声も聞こえる。廊下に出ると、みんな急に黙り込んで目をそらし、床を見たりする。

ついに同性愛者だとバレたと思うんですよ、シェリーは。で、何を聞かれるかと身構え、必死で頭の中でリハーサルまでするんです。ところが実は、みんながざわざわしていたのは、シェリーが「ピープル」誌の「今年のもっとも美しい50人」に選ばれたから。「ピープル」は誰が選ばれたかを発売日まで公表しないため、撮影も秘密裏におこなわねばならず、そのため情報が確実なものとなるまでは黙っておこうとスタッフは考えたのだそうです。名誉なことだったのに、咄嗟にレズバレの方を心配しなければならないという、この残酷さ。他にも、ディズニーワールドからウォーク・オブ・フェイムに手形をつけてほしいと招待されたときのエピソードや、ニューヨークのレズビアンバーで持ち歌「ジェゼベル」がかかったときの話など、痛々しいのひとこと。

「ノーマル」であれとか、同性愛者はどこか遠くに隠れていろとかいう圧力がどれほど人を痛めつけるかを知りたかったら、この本を読むといいです。実際シェリーは銃をくわえて自殺する寸前まで行ったと書いています。すげー怖いよ。

最後に少し補足しておくと、シェリー・ライトは別に聖人君子というわけではありません。クロゼット時代に一種のカモフラージュとして使われてしまったブラッド・ペイズリーには同情を禁じ得ないし、昔のシェリーが外見的にフェミニンではないレズビアンを嫌い、「もっと『ノーマル』にふるまって、誰にも同性愛者とわからないようにしてほしい」と望んでいた(シェリーはこれを、当時の自分の内面化されたホモフォビアのためだったと説明しています)なんて部分も、読んでいてあまり気持ちがいいものではありません。しかしながら、そういう部分もひっくるめて率直に書いていくシェリーの筆致があたしは好きです。しんどいエピソードの中でもコミカルさを忘れない姿勢も好き。ペーパーバック版Afterwordの最後の7行に代表される、明晰で痛快な物言いも大好き。そんなわけで、単なる暗いだけの告白本では絶対にないので、ちょっとでも興味がある方はぜひ手に取って読んでいただきたいと思います。

まとめ

率直で痛切で、時にコミカルで、圧倒的な説得力を持つカミングアウト本。Afterwordによるとシェリーはこの本を出版のあてもないまま2007年に書き始め、最悪の場合はキンコーズで自力製本してでも世に出そうと思っていたとのこと。書いてくれてありがとうと心から言いたいです。