石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『It Gets Better: Coming Out, Overcoming Bullying, and Creating a Life Worth Living』(Dan Savage & Terry Millor [編]、Dutton)感想

It Gets Better: Coming Out, Overcoming Bullying, and Creating a Life Worth Living

It Gets Better: Coming Out, Overcoming Bullying, and Creating a Life Worth Living

自殺防止キャンペーン"It Gets Better Project"のメッセージ集

若年層LGBTの自殺防止のためのキャンペーンIt Gets Better Projectに寄せられたメッセージを集めた本です。バラク・オバマ米国大統領などの政治家から市井のさまざまな性的少数者、そして異性愛者のアライ(ally、支援者のこと)まで、多種多様な声が幅広く網羅されています。すごくよかった。日本にもこういう本があればなあ。レズビアンの小説家レベッカ・ブラウンのメッセージが、特に心に響きました。

当事者目線のお話いっぱい

この本の何がいいって、当事者目線のリアルな体験談がぎっしり詰まってるところ。たとえば、クロゼットのレズビアンの孤独感については、シャロン・クラインバウム(Sharon Kleinbaum)さんのメッセージを読むといいです。「自分はこの惑星でたったひとりのレズビアンじゃないか」(p. 218)と思ったという彼女の体験に共感する人は、少なくないはず。ゲイなのにヘテロを装わなければならなかった思春期に関しては、『この世の果ての家』のゲイ作家、マイケル・カミンガムが実にうまく書いています。「個人的なゴラム」という比喩の適確さにうならされましたよ。また、バイセクシュアルならではの苦しみについては、ミシェル・フェイド(Michelle Faid)さんの高校時代の話が詳しいです。ミシェルさんがぶつけられた偏見って、日本のレズビアンの間にもはびこってると思うわマジで。

トランスジェンダーの話では、自死してしまったトランスの親友・エイダン(Aiden Rivera-Schaeff)君について語るアヴァ(Ava)さんのメッセージが心に刺さりました。エイダン君というのはこんな子です。

Aiden Singing "1985" by Bowling for Soup - YouTube

エイダン君はハイスクールの1年生のときに性別移行したFTMです。学校には理解があり、友だちも多く、女の子や下級生にも人気があったのに、一部の生徒たちからひどいいじめに遭って自死してしまいました。アヴァさんは現在、ゲイ・ストレート・アライアンス(LGBTおよびその異性愛者の支援者にとって安全な環境を提供する学生クラブ)のメンバーだそうです。

既存のジェンダーやセクシュアリティーを名乗らないコメディアンのマレー・ヒル(Murray Hill)さんの体験談も深いですよ。子どもの頃いつも「男なの、女なの?」「どうして男の子の服を着るの?」「どうして彼氏を作らないの?」などと聞かれ、あげくの果てに声を女の子っぽくするための特別プログラムを受けさせられたというマレーさんは、現在もドラァグキングでもクィアでもレズビアンでもトランスでもなく、「自分は自分」であると名乗っています。マレーさんによる"It Gets Better"動画、inclusiveでいいですよー。

"It Gets Better" from Murray Hill & Friends - YouTube

サバイバルのための知恵いろいろ

そんなこんなでとにかくいろんな角度から書かれたこの本ですが、思春期のセクマイがサバイバルするための知恵についても非常に参考になります。もっとも多く登場する意見は、「ハイスクールは糞だ。そこを出て大学に行ったり、都会に引っ越したりすれば飛躍的に楽になる」というもの。個人的には、日本のセクマイにも同じアドバイスをしたいです。中学高校って閉鎖的で、子供の世界で、そして子供って基本的にバカで残酷なものだから。そこから抜け出して、もっと視野の広い人がたくさんいる場所に移動しちゃうのがいちばんいい。

「その高校を出るまでが地獄なんだよ!」とおっしゃるあなた。高校をやめて夜間クラスで高卒資格を取ったトランスのJean Vermetteさんの話が、この本に載ってますよ。参考になると思います。

「都会になんて引っ越せないよ!」とおっしゃる方には、田舎で彼女と一緒に農業をしているレズビアンのクリシー・メイハン(Krissy Mahan)さんのお話がヒントになるかと。「田舎に住んでてお金もないけど日々とても幸せ」(要約)とクリシーさんは言い切ってますよ。

そして、「状況がよくなる("It Gets Better")なんてお花畑だ!」とおっしゃりたい方には、レズビアンのゲイブリエル・リベラ(Gabrielle Rivella)さんのメッセージ(p. 45)がありますよ。要約すると、「状況がよくなるなんていうのは、異性愛者のリッチな白人が言う台詞だ。リアルな話をすると、状況なんてよくはならない。じゃあ何が起こるのかというと、アンタが強くなるんだよ。人間ってのがどんなものか、世界がどんな風なのかわかってくる。それをどう扱えばいいかわかってくる。自分の愛しかたがわかってくるんだ」(強調は要約者)と、リベラさんは書いてます。うんうん、わかる。マッチョになって力で勝つって意味じゃなくて、「自分の愛しかたがわかってくる」という意味で、人は強くなっていくもんですよ。

レベッカ・ブラウンのメッセージ

最後に、いちレズビアンとしてすさまじく共感したレベッカ・ブラウン(『私たちがやったこと』や、『若かった日々』を書いたあの作家のレベッカ・ブラウンね)のメッセージを紹介してみます。「メインストリームの映画が好んで描くレズビアン像にだまされるな」という彼女の意見に、まるっと同意です。以下、みやきち訳による抜粋。

『キッズ・オールライト』について議論するとき、みんな自分は「啓蒙された」、すっごく「寛容な」人であるという認定証を見せびらかそうと躍起になって、「たまたまふたりのママ(アネット・ベニングとジュリアン・ムーア演じるところの)がいただけのノーマルな家族」の話だと説明する。しかしもちろん、レズビアン・ママだということになっているうちのひとりは、本当は男と寝たがっているのだ。現実世界には、本当に男性と寝たがるレズビアンもいるし、自分はバイだと気づくレズビアンもいる。それはまったく悪いことではない。そして、もしもこれが映画におけるたくさんのレズビアン像のうちのひとつにすぎないのであれば、この描き方だってまったく悪くなかったろう。しかし、実際にはそうじゃないのだ。

わかるわかるわかるわかる! 『キッズ・オールライト』は、あたしもあの「ほらほらレズビアンなんてこんなに男とヤリたがってるんだぜー」という描かれ方に「またかよ」とげんなりしてました。同時に、『Lの世界』第1話(感想)を見たときのあの脱力感を思い出しました。こういうレズビアン像がステレオタイプ化されちゃってるからこそ、「俺の肉棒の味を知れば」だの、「レズセックスに混ざりたい」だのという妄言を抜かすバカ男がいなくならないのよ!!!!!! はたまた、田舎町のティーンエイジ・レズビアンが、「自分と同じような人間なんて、現実にもフィクションの中にもいないんだ」と思い込んで無駄に孤独感にさいなまれたりすんのよ!!!!!!

別の映画におけるレズビアンのステレオタイプは、冷たくて憎悪に満ちていて、抑圧された醜い老婆、すなわち、まったくセクシーじゃないというものだ。『あるスキャンダルの覚え書き』をおぼえてる? 『ブロークバック・マウンテン』と同じ年に公開された作品だ。『ブロークバック〜』は、美しい風景の中で描かれる、相思相愛の美しいふたりの若者の、美しく繊細なラブストーリーだった。そして悲劇は、彼らがこの残酷な世界でいかに恋を成就させられなかったという点にあった。(ねえちょっと待って、ゲイの権利運動って同じ頃に起こったんじゃなかったっけ? まあいいけど)。一方、『あるスキャンダルの覚え書き』は、不細工で年を取っていてクロゼットなダイクが、かわいくて若くて無垢な異性愛者の女の子を餌食にするって話だった。ジュディ・デンチは「若い子を性的に食いものにする老レズビアン」の不気味で支配的な肖像として際立っていた。(この肖像を完成させるには、ひねるための口ひげをつけた方がよかったかもしれないけど)

「若い子を性的に食いものにする老レズビアン」というのは、若かりし日のわたしに道を誤らせるのではないかと我が母が恐れていた伝説のブギーマン(ブギーウーマン? ブギーダイク?)そのものだ。でも、そんなことは起こらなかった。その反対だった。わたしは10代のときに同い年の少女相手にヴァージンを失ったし、年上のレズビアンたちからはいつだって大切な娘のように扱われた。年上のレズビアンたちは、わたしに助言し、人生や仕事で助けたり励ましたりできることは何でもしてくれた。

このような役を演じるイギリスの女優は、ジュディ・デンチだけではなかった。未来を舞台として描かれる複雑な疑似SF『わたしを離さないで』には「冷酷な年寄りダイク」がふたり登場する。恋愛中の若い異性愛者カップルが、ふたりのオールドミス(シャーロット・ランプリングがその片方だ)に、結婚に必要な特別な許可をもらえるかどうか尋ねると、冷酷な老ダイクはノーという。この、レズビアンのなおいっそうのカリカチュアを見たとき、わたしは叫び出したかった。(シャーロット・ランプリングがわたしにとっては大いに性的魅力があるという事実のせいで、ややこしくなったのかもしれない。実際、言ってしまえば、わたしはアネット・ベニングにだって嫌だとは言わないだろう)

若い子をつけ狙う年長のレズビアンというキャラでは、日本だと『悪魔のKISS』(参考:悪魔のKISS - Wikipedia)で黒田福美が演じた絵本作家が典型例ですね。あとは『輝夜姫』(清水玲子、白泉社)の晶の義母とか。なんでこう「不気味な加害者」役にされちゃうのかしら。

次の2パラグラフが、いちばん好きなくだりです。

重要なのは、あなたが自分はレズビアンなのだろうかと思っている若い女性だということだ。あなたはレズビアンの生活って年を取ったらどんな風なのだろうと思う。信じてはいけない――繰り返す、信じては。いけない。メインストリームの映画が、あなたの言うところの自分自身について語る内容を。本物のカミングアウト済みレズビアンを実際にはひとりも知らない人たちが語ることに、耳を貸してはいけない。もちろん、貧乏で、憎悪に満ちていて、アタマのおかしい年寄りダイクだってこの世にはいる、でも、あなたがそのひとりになる必要はないのだ。それから、もちろん、自分のセクシュアリティを理解するのに時間をかけることができて、そのプロセスの中であなたの心をもてあそぶ女性もいる。でも、あなたが一生そんな女性たちと過ごす必要はない。そして、そう、自分がバイ(bi)とレズ(lesbo)の間を流動的にシフトするということに幸せに、そして健康的に気づく女性たちもいる。そうさせておいてあげて。その人たちの幸福を祈ってあげて。わたしが言いたいのは、男(または他の女)に走ってあなたを捨てたりしないすばらしいガールフレンドを持つことは可能だってこと。そして、あなたはカミングアウトして、生産的で、幸せで、満ち足りていられるってこと。

わたしは長いこと、そんなことは自分には起こり得ないと思っていた。(わたしは自分にぴったり会っていないたくさんの人とデートしたのだ)。それからわたしは35歳になって、今結婚している(法律的にはちがうけど。今のところはまだ)女性と出会った。この20年間、わたしは彼女とすばらしい生活を送っている。わたしの家族たちは彼女のことが大好きで(彼女の6人の――ちょっと数えてよ、ろ・く・に・ん・の!――孫も含めてだ)、わたしたちは家族たちが大好きだ。わたしたちはもうクロゼットにいないし、クロゼットにいる必要もない。

もう涙が出そうに同意。

レズビアン人生、いろいろあるんですよ。特に思春期がいちばん大変。メディアはネガティブなステレオタイプばっかり流したがる。「本物のカミングアウト済みレズビアンを実際にはひとりも知らない人たち」が、知った風な顔をして、同性愛とはこうだ、ああだと決めつけたがる。恋人だと思った人には、セクシュアリティのリトマス試験紙がわりに使い捨てられる。長続きする関係なんて一生持てないんじゃないか、誰にも本当のことを打ち明けられず、クロゼットの中で孤独な老婆として死んでいくだけなんじゃないかとか思っちゃう。でも、実際にはそうじゃないんですよ。ちゃんと幸せにだってなれるし、「男(または他の女)に走ってあなたを捨てたりしないすばらしいガールフレンドを持つこと」だってできます。レベッカ・ブラウンの20年には負けるけど、あたしですら現パートナーと10年以上同居して思いっきり幸せにやってますぜ。思春期の苦悩や苦痛は永遠には続きません。なんとかなるもんですよ、ほんとに。

まとめ

多角的でリアルで、しかも役に立つ本だと思います。100人以上の人々が真摯に語る体験談のどれかに、きっとあなたが楽になるためのヒントがあるはず。「できることならタイムマシンに乗って昔の自分に『あんた将来こんな幸せになるよ! 悩まなくていいよ!』と言いに行きたい」といつも思っているあたしとしては、なんだかこの本は「先達からのタイムマシン」に思えて仕方ありませんでした。昔の自分に投げかけたいことばがいっぱいなんです、とにかく。中高生の頃にこの本を読みたかった。検索か何かでこのエントリにひっかかった年若きセクマイやその仲間が、「こんな本もあるのか」と読んでくれるといいな。