石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『The Fosters』(邦題『フォスター家の事情』)1×15 "Padre"感想

San Diego Padres Stadium
San Diego Padres Stadium / Raoul van Wijk

レズビアンカップルとその子供たちが主役のホームドラマ『The Fosters』の、シーズン1第15話(2月10日放映)です。


The Fosters - Season 1: Episode 15 (2/10 at 9 ...

今回はいつにも増してぐっとくる場面が多く、米国放映時にTwitterのレズビアンクラスタが「涙を拭くティッシュの箱が必要な回」と力説していた理由がよくわかりました。ジュードからリーナへのあの呼びかけだけで目から変な汁が出るのに、姉妹のようにキャッキャとはしゃぐマリアナとキャリーの姿とか、キャリーとジュードの過去エピソードとか、ウィジャ盤の場面とか、ステフの苦い悔恨とか、涙腺直撃の名シーンが多すぎ。

そんでもってキャリー役のマイア・ミッチェルの演技が既に神の領域でした。もはや北島マヤならぬ北島マイアと呼んでもいいレベル。ほら、16歳って、オトナなように見えてもまだコドモじゃないですか。キャリーのそのコドモな面にスイッチ入るシークエンスの表情があまりにも雄弁で、見とれてしまいました。この演技力があるからこそ、予告編にも出ていた"I wanna go home."というあの台詞にしっかりと重みが乗ってくるのだと思います。

一方キャリーのお相手のブランドンはというと、えーと、シッパー("shipper"、ドラマなどの特定のカップリングを応援するファンのこと)の皆さまには悪いんだけど、ますます「ただのやに下がったキモ男」と化していたような。特に前半、キャリーと会うやいなやいそいそと部屋に連れ込んでんじゃねえよ何する気だよ。しかも葬式の日だってのにひとりだけあのお花畑っぷりって。自分があまりにも幸せなボンボンすぎて「コドモにとって家庭がいかに大切なものか」ってのがわかってねえんじゃねえの。……と眉間に皺を寄せつつ見ていたため、後半の彼の態度豹変はちょっと意外でした。えーと、これって、下半身にひたすら集中してた血液が今になってようやく頭に戻ってきたって解釈でいいの? ちょっと演出荒くない? いや、これ以上ブランドンがリアム化していくところは見たくないから、いいんだけど。

ところで今回なぜサブタイトルがスペイン語なのかと思ったら、これ、掛詞なんですね。ステフのお父さん("padre"はスペイン語で『父』)と、彼が好きだったサンディエゴ・パドレスとの。タイトル通りステフの父親の問題が収束して、キャリーの身の振り方も見えてきて、お話はいよいよ第14話からほの見えていたテーマに向かってまっしぐらと言ったところでしょうか。前回は盛りすぎにも思えた各エピソードが綺麗に収束していくのは嬉しいんだけど、しかしホントにやるんですね、妊娠ネタ。こうなったらこちらも覚悟を決めて「どんと来い」と見届けようではないですか。整合性という点では相変わらず疑問は残るけど、このスタッフのやることなら信じて見守るわ。