石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『悲歌』(中山可穂、角川書店)感想

悲歌 (角川文庫)

悲歌 (角川文庫)

能楽モチーフ短篇集第2弾

『弱法師』につづく、能楽モチーフ短篇集第2弾。女子高生カップルの心中とその後日譚を描く「隅田川」、愛と執心の物語「定家」、報われぬ三角関係を扱う「蝉丸」の3篇が収録されています。悲劇はあれどドロドロ度が比較的少ない1冊で、特に「隅田川」にはジャネット・ウィンターソンのような自由なイマジネーションのはばたきを感じました。

「隅田川」について

まず冒頭のゲームセンターの場面の鮮烈さにやられました。時代はおそらく1990年代後半、手をつないでゲーセンに入ってきた女子高生カップルが、男女の顔写真から子供の顔の予想写真を合成するゲームの前で立ち止まるところから、このお話は始まります。やられたーと思ったのは、自分もまた当時、同性の恋人と一緒にゲーセンでこのゲームを苦々しく眺めてたことがあったから。「ケッ」と思ってすぐに『クイズなないろDREAMS 虹色町の奇跡』の前に移動しちゃったところがこの子たちとは違うんですが、似たような経験があるだけに、そこを起点とするお話の広がりっぷりに驚かされました。「これが作家の想像力というものか」としばし感嘆。

女子高生の片割れの「輝くけもの」のイメージは、同時期に執筆された『ケッヘル』の安藤アンナを思わせます。そこから先の残酷さとユーモアには、一種ジャネット・ウィンターソンの作風を連想させるものがあると思います。とくに「ばらの騎士」の寓話的なキャラクター造形や、現実と幻想の間を揺れ動くかのごとき結末は、これまでの中山可穂作品とは質を異にする味わいがあり、おもしろかったです。

他の2作品について

「定家」は、世を忍ぶ恋にまつわる愛と妄執を描くヘテロ恋愛もの。サスペンス、あるいは一種のホラーともとれる怖さと、ある種の解放を描くエンディングとのコントラストがよかったです。能楽「定家」とは違い、式子内親王でも定家でもない人物の愛憎にスポットが当たっている点もおもしろかった。

「蝉丸」は、男性から男性への報われぬ恋を含む、やるせない三角関係の物語。これはちょっと甘ったるすぎて、あたしには合いませんでした。鈍感主人公が延々と「けんかをやめて」(by河合奈保子)ポジションを取り続けるところが、どうもねー。芸能界がからむお話で、中性的な美少年をめぐって男たちが荒ぶるストーリーという点では、初期の栗本薫をちょっと連想したりもしました。

まとめ

残酷さとマジカルな美しさを合わせ持つ「隅田川」と、能とはまた違う切り口でオチを付ける「定家」がよかったです。「蝉丸」はあたしには合いませんでしたが、男性同士の悲恋や、姫ポジションでずるずると河合奈保子する男性主人公がお好きな方なら、あるいはまた違った感想が出てくるのかもしれません。