石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『捜査官ケイト 夜勤』(ローリー・キング[著]/布施由紀子[訳]、集英社)感想

捜査官ケイト 夜勤 (集英社文庫)

捜査官ケイト 夜勤 (集英社文庫)

虐待男vs殺戮の女神。ユーモアとバイオレンスを合わせ持つ1冊

ケイト・マーティネリ・シリーズ第4弾。DV男やレイプ犯への復讐と、インドの花嫁焼殺事件を背景に、カーリー女神のイメージに託した「愛と怒りの共存」という主題が描かれます。巧みなユーモアや、レズビアンカップルのリアルさ、苦みのある結末がナイス。ただし、インテレクチュアルな「講義」的部分の饒舌さに比べ、謎の解決部分が舌足らずすぎる気もします。犯人の動機や手口など、もう少し力を入れて書き込んでもよかったのでは。

「レディーズ」のユーモアと、その背後にあるもの

DV男とレイプ常習犯が殺された事件を追うケイトを困惑させるのが、同時期サンフランシスコに出没していた通称「レディーズ」という謎の団体。女性に暴力をふるう男たちに過激な「お仕置き」をすることで有名で、たとえば小児性虐待者を生きたままダクトテープで建物から吊り下げ、性器(ディック)に「わたしは子どもを強姦しました」とタトゥーをほどこし、尻にはこんなメッセージ・カードを貼り付けておいたり(p. 26)するんです。

公平に行こうぜ、ばか野郎(ディック)。

もちろんこれは違法な私的制裁なのですが、読者としては思わず噴き出して快哉を叫ばずにはいられません。こうしたサディスティックなユーモアが、連続殺人の影にある「男の血に足を浸した復讐の女神」という神話的イメージと絡み、ビターなエンディングにつながっていくところがよかったです。ケイトという法の執行者を主人公に据えながら、法では裁ききれない根源的なものを暗示する小説であるところがおもしろいと思いました。

ケイトとリーの関係も熟成

前巻で破局の危機をどうにか乗り越えたふたりですが、この巻では「雨降って地固まる」感じ。酸いも甘いも噛み分けて、「あうんの呼吸」に達しつつあると言ってもいいかも。

最近kindle版で読んだ『スナックさいばら おんなのけものみち 男とかいらなくね?篇』(西原理恵子、角川書店)で、以下のような卓見(位置No. 1886)が披露されていてですね。

夫婦の絆って、嬉しいことだけじゃなくて、憎しみや悲しみやいろんなものがまじりあってできてる、だから時間が要る。
佐野洋子さんが言ってました。「ワインの澱のようなものだから」って。

これ、女性同士でもまったく同じだと思うんです。ケイトとリーはまさしくこの「ワインの澱」を持つ大人同士のカップルにならんとしていて、そこがたいへん人間くさく、共感しやすかったです。

解決部分は性急かも

旧約聖書やヒンドゥーの女神の解説につぎこむページ数はとても多いのに、謎の解決部分は意外なほどあっけないです。展開が性急すぎて、「え、この人が犯人? 誰だっけ? 伏線あった?」と前の方のページを繰っていちいち確認しなおすはめになりました。偶然に頼りすぎている部分もあり、素直に乗りにくい感じ。このあたり、もう少しプロットを練ってもよかったのでは。

まとめ

根源的かつ神話的なテーマや、ケイトとリーの絆が熟成されていく様子、そしてレディーズの皮肉の効いたユーモアなどはすばらしいのですが、ミステリとしてはパンチ不足な印象も受けました。総合すると、5段階評価で4ぐらいでしょうか。