石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『新装版 最後の制服(上・下)』(袴田めら、芳文社)感想

新装版 最後の制服 (上) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)

新装版 最後の制服 (上) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)

新装版 最後の制服 (下) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)

新装版 最後の制服 (下) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)

エロ切ないおまけがたまらん新装版

傑作百合群像劇『最後の制服』の新装版。本編に加えて、計40pの描き下ろし、超短編メタ百合小説、没カバーラフなども収録。これらのおまけ部分のエロさと切なさが秀逸で、特に下巻収録の「縛って束ねて、印をつける」とカバーラフがよかったです。

描き下ろし「縛って束ねて、印をつける」(下巻収録)について

卒業直後、同居準備をしている紡と紅子の物語。びっくりしたのはセックスシーンがあること。しかもその直前、

「今日は引っ越しで汗かいたしカンベンして」

「何言ってんの 汗かいてるのがいいんであって」

という会話を交わしている(p. 279)ところからすると、セックスは既に日常的なものなんですね、このカップル。

もともと本編中にもそこここにほのかな官能の香りはあり、女の子同士の欲望から目を背けない作品だとわかってはいたんですよ。それでも、後日譚でここまで踏み込んだ性描写があるというのは、嬉しい驚きでした。濡れた髪の感触などのディテールのうまさがリアル感を高めているところもいいし、さらにいいのは、ここまで来てもなおこれからのことはわからないというあたりまえの事実から目をそらしていないこと。「両想いで同居もしました、セックスもしてます、だからこれでもうハッピーエバーアフター★」みたいな頭の悪さがないんですね。

よく百合な恋は儚いとかなんとか言われますが、ジェンダーの組み合わせに関係なく、どんな恋でもすべて儚いと思うんです。その儚さの中に、それでも時折川底の砂金のようにかすかに光るものがあって、人はそれを探しながら心もとなくよるべなくヨチヨチと進んでいくしかないんじゃないかと。この短編は、いわばそのキラキラしたものを今手のひらにすくいあげた2人が、どうかそれをなくすことがないようにと願う、いじらしい瞬間を切り取ったものだと思います。その普遍性が、読み手の心を打つんです。

きわどいタイトルと、結末の「大きくて高くて氷が自動的にできる冷蔵庫」というやたらと現実的なモチーフの両方が、実は同じテーマをまっすぐ指し示しているところもよかったです。オープニングからエンディングまで無駄なく引き締まった、よい短編だと感じました。

没カバーラフについて

下巻に収録されている、お蔵入りカバーラフの数々がエロくてエロくて。作品が作品だけにもちろん全員着衣なんですが、キャラたちの手の表情や密着度、そして表情がびっくりするほど色っぽいんです。このような絵の数々が未発表のままだったらMOTTAINAIの極みなので、おまけとして掲載してくださってよかったですホントに。

書影を見ていただければおわかりかと思いますが、没にならなかったカバー絵は、一見そこまで性的なニュアンスはなさそうにも見えます。実際あたしも「没ラフはきわどすぎてお蔵入りになったのかしら」と思ってしまったほど。しかし、何気なく本をひっくり返してみたとたん、謎はすべて解けました。裏表紙側のイラストは、没ラフにまったくひけをとらないエロティックさなんでした。あのナマ足やリボンをほどく手、夏服セーラーの裾からのぞく腰とそこに回された腕等々がここでお見せできなくて残念です。早い話が、カバーに使われたイラストも、デザインで敢えて表紙と裏表紙でメリハリをつけてあるだけで、キャラたちの欲情はしっかりと表現されているわけですね。そのことに気づかせてくれたという意味でも、たいへんありがたいおまけでした。

その他

本編の感想は以前ざっくり書いたので割愛。久しぶりに読み返して新たに思ったのは、「百合部分ばかり注目されがちな作品だけど、ヘテロ恋愛や友情の要素もおもしろい」「実る恋も実らぬ恋も等しく大切なものとして描かれているところがいい」「若さとほぼ同義なバカさの描写が切ない」てなところでしょうか。再録されているあとがきまんがに、

主人公は最初藍だったのですが
色々他のキャラを考えているうちに楽しくなってきてしまって
結局主人公は特に定まらず進んでいったのでございます……

とありますが、結果として群像劇というスタイルになったことが大正解だったんじゃないかな、この漫画。

まとめ

今読み返してもまったく色あせない本編といい、サービス精神満点なおまけといい、お得そのものの新装版。レビューするまで時間はかかっちゃったけど、発売されてすぐ買っておいてよかったです。3年前のあたしグッジョブ。