石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ヴァレンシア・ストリート』(ミシェル・ティー[著]、西山敦子[訳]、太田出版)感想

ヴァレンシア・ストリート

ヴァレンシア・ストリート

クレイジーなダイクシーンを描く自伝的小説

詩人ミシェル・ティーによる自伝的小説。90年代前半のサンフランシスコのクレイジーなダイク・シーンを綴ったもので、クレイジーすぎてついていけない部分も正直ありました。元々朗読用に書かれた作品なので、音声で聞いた方が楽しめたのかもしれません。ちなみにこれ、ラムダ賞最優秀レズビアン小説賞受賞です。

本書には主なプロットがなく、さまざまな出会いや性愛の描写を断片的に積み重ねていくというスタイルが採られています。その意味では、ルノー・カミュの『トリックス』(福武書店)にちょっと似ているかも。違うのは、あちらが行きずりのゲイ同士のハッテンを描く作品であるのに対し、こちらはサンフランシスコの「800人ほど」(p. 69)のレズビアン・コミュニティ内でのあれこれを書き留めたものである点。それから、こちらの方がはるかに混沌としていて猥雑である点。

そう、猥雑なんですよ。でてくるレズビアンたちはドラッグで朦朧となり、どこでも(木の根元だのトイレの床の排水溝の上だの)パンツを下ろしておしっこし、なにかというと公衆トイレでキスしたり絡んだりし、「権威に反抗する」と言えば聞こえはいいものの、やってることはただのバイトばっくれや業務上横領、というありさま。好きな人への嫉妬ひとつとっても、「ベッドの横のラテックスの手袋が入った空になっているのを見たとき」(p. 103)に発動されていたりして、ユーモラスであると同時にあまりにも露骨です。

その露骨さが、読んでいてちょっと肌に合わないときがありました。キャラというキャラが、本書で言うところの「汚くて臭いレズビアン」(トラッシュ・アンド・スメリー・レズビアン)(p. 89)なんだもん。ただし、上の方で書いたようにミシェルは作家であると同時に詩人で、ストリート・ポエトリーのまっただ中にいた人。『ヴァレンシア・ストリート』も、元はクラブやバーで朗読するための原稿として書かれたものです。だから、目だけで読んでいると伝わってきにくい部分もあるんじゃないかな、とも思います。機会があればゆっくり英語版オーディオブックで聴き直してみたいです。

なお、この本の名誉のために言っておくと、やんちゃな若きダイクの1年間をスケッチしたメモワールとして、荒削りなおもしろさをたたえた小説ではあるんです。主人公の、ボーイッシュなレズビアン・アイリスへの恋々とした想いや、因襲的なジョージアとワイルドなサンフランシスコとの対比、ヴィーガンや環境問題がらみのネタに代表される皮肉なユーモアなどは、とくによかったです。

まとめ

ものすごく人を選ぶ小説かと。「汚くて臭いレズビアン」(トラッシュ・アンド・スメリー・レズビアン)たちによる90年代サンフランシスコのダイクシーンに興味がある方なら、買い。そうじゃない方には、積極的にはおすすめしません。日本語版の表紙より、英語版の表紙の方が、この本の内容をよく表してるんじゃないかなー。

Valencia (English Edition)

Valencia (English Edition)