石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『あやつられた魂』(ステラ・ダフィ[著]、柿沼瑛子[訳]、新潮社)感想

あやつられた魂 (新潮文庫)

サズ・マーティン、洗脳セミナーに潜入

レズビアン探偵サズ・マーティン・シリーズ第2弾。カリスマ精神療法家マックスを調べるサズが、ある復讐の全貌を暴きます。パターナリズムとカルト的洗脳のグロテスクさが描かれる中で、サズと新たな恋人・モリーとのやりとりが一服の清涼剤になっています。

マックスというグロテスクな存在

この作品はミステリやクライム・アクションというより、マックスという「表向きはセラピスト、その実多大な問題を抱えたカルトリーダー」な男を子細に描いたスリラーと呼ぶのがいちばん正確なのではないかと思います。第1作『カレンダー・ガール』の柱が悲恋の切なさだとしたら、本作の柱は人間のおぞましさですね。

フラッシュバックを多用するも物語を混乱させず、じわじわと不気味さを高めていく筆力はさすが。パターナリズムに取り憑かれた人生を送ったマックスを最終的に待ち受ける運命は神話的でさえあり、その意味でもやはり単なるフーダニットを超えていると思います。

モリーという一服の清涼剤

前作では「女断ち」していたサズですが、今回はお話の最初からモリーという恋人がいます。モリーはアジア系(おそらく南アジア系)の小児科医で機知に富み、政治的正しさをネタにしたジョークから性的な軽口まで得意な「ベンガル・ベイビー」(サズがつけた呼び名)。サズへの愛と思いやりも、それにこたえるサズの姿もまさに等身大のレズビアン・カップル像で、見ていてほっとするものがありました。

考えてみると、前述のマックスとこのモリーとの対称性は興味深いです。マックスは「治療」と称したあやしげな人格改造セミナーの教祖様で、取り巻きの女性に手をつけまくり、己の卑劣さを否認して生きてきたヘテロセクシュアル男性。かたやモリーは健全な批判精神を持つ医師で、セックスは好きだけれどサズ一筋、率直で誠実なレズビアン。古臭いフィクションではレズビアンの側にこそ多情でドロドロしていてサイコな悪役が振られやすい印象があるのですが、この作品だとそれが逆転しているわけです。そこが面白かったですね。

難点を挙げると

レズビアン・セックスの場面、多すぎ。いや、多いだけならいいんだけど、「サズとモリーがセックスして章が終わる」というパターンがあまりに繰り返されるため、「またこれか」と食傷気味になってしまう部分があるんです。そこだけは残念でした。

まとめ

父権主義とニューエイジ的マインドコントロールの合体で生まれたマックスという怪物を通じて、人間のおぞましさをあぶり出す傑作。新キャラ・モリーの魅力もよかったです。ただし、女性同士のセックスシーンの分量や配置にはやや疑問も感じました。キャラやストーリーの強烈さという点では前作『カレンダー・ガール』を上回り、構成力ではやや下回るという位置づけの作品だと思います。

あやつられた魂 (新潮文庫)

あやつられた魂 (新潮文庫)