石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『All we need is Love』(清水尚、講談社)感想

All we need is Love

All we need is Love

日本の写真家による、米国のLGBTファミリー写真集

写真家の清水尚氏による、米国のLGBT家族写真集。日本の写真家が日本の出版社からこうした本を出していることに驚き、購入してみました。変に感動を強要しない淡々とした撮り方がおもしろいものの、あとがきがやたらとマジョリティ目線なのは残念。

子供のいるLGBTファミリーが全19組登場

この写真集のモデルとなった計19家族は、人種もジェンダーもさまざま。巻末のプロフィールページによれば、パパやママたちの職業も実に多様です。FedExの配達員もいれば小児神経科医もいるし、ソーシャルワーカーも不動産屋さんもいて、もちろん主婦/主夫もいます。子供たちの年齢は、ゼロ歳から11歳まで。レズビアンであるあたしでさえ、これだけ数多いLGBTファミリーを1度に目にする機会はなかなかないので、まずそこが新鮮でした。

共通項は「あたりまえの日常」

非常におもしろいのが、全編をつうじて、「LGBTでも家族を作れるんです!」「LGBTだけどこんなに幸せです!」みたいなキラキラ路線がなく、もっと淡々とした日常風景が描かれていること。この本におさめられているのは、子供をお風呂に入れたりミルクを飲ませたり、絵本を読んでやったり一緒にソファーでごろごろしたり……という、ごくごくあたりまえの家族たちの図です。子供たちの表情も、満面の笑みもあれば妙にきまじめな顔もあり、空気読まずにそっぽ向いてる場合もありで、決して画一的なカメラ目線の「こっち向いてニッコリ」写真集じゃない。その平熱かげんが、なんだかいいなあと思いました。

ザック・ウォレスが著書『My Two Moms』の中で、「ゲイ・ファミリーというレッテル貼りはばからしい、ぼくの母たちはゲイな家に住んでゲイな車を運転してゲイな犬を飼ってるわけじゃない」てなことを書いてましたが、この写真集にはそれに通じるものがあるように感じました。LGBTピープルが家庭を持つことなど想像もつかない、と言う人は、まずこういう写真を眺めてみるところから初めてみるといいんじゃないでしょうか。昔から百聞は一見にしかずと言いますし。

あとがきはちょっと残念

上記のように写真そのものは悪くないのですが、その割りにあとがきがちょっとずさんな気がします。以下、p. 110から引用。

自由を確立して来たGLBTは、次なるステップとして家族を形成し子供を育てることで、人生の新たな意義を見いだそうとしています。
この自分達の幸せを純粋に分け与えようと思う親と、愛情を向けてほしい子供の関係は、自然に生まれたものではありません。しかし、家族を持つことで生まれる本能的な愛情が、親達にも生きる力を与えていることは確かです。撮影中、親と子で互いに支え合いながら営まれている生活に、不自然さを感じることはありませんでした。

シスヘテロ好みの二大思考停止ワード「自然」「本能」があまりに無邪気に持ち出されていることに愕然。異性同士のちんこまんこセックスで生まれた親子関係だけが「自然に生まれた」ものなんですかい。子供を持ちたいとLGBTピープルが思うことは「不自然」なんですかい。へー。

わざわざこんな写真集のあとがきで「異性愛だけが自然でえーす」と宣言しなくてもいいのにね。そんなクッソ失礼な発想を前提に、撮影中不自然さを感じなかったと主張したところで、何のフォローにもなってませんよ。最初から不自然じゃないものが不自然に見えないのは、当たり前だよ。そもそも家族を持つことで「本能的な」愛情が生まれるというのも幻想だし(本能ならすべての親が自動的に子を愛するはずなのに、実際はそうじゃないよね)、だいたいここで言う「自然」や「本能」の定義は何よ。まずそこからだろうがよ話は。

また、こんなところにも引っかかりを感じました。

親がGLBTカップルである家庭には、血のつながりを超えた「純粋な愛」が溢れていました。

これまたマジョリティ好みの血縁幻想に寄りかかりまくったお言葉ですな。「血のつながりがあろうとなかろうと、愛ある親子関係もあれば、愛のない親子関係もある」っていうのが現実なのに、ここでわざわざ純粋とか言い出す意味がわかりません。同性同士の恋愛を「性別を越えた『純粋な愛』」とか言って誉めてるつもりになるのと一緒で、前提が怪しすぎて誉め言葉になってないと思います。

まとめ

写真そのものは多種多様な上におしつけがましさがなく、おもしろかったです。しかしあとがきはどこまでもマジョリティ目線なので、結局この本はマジョリティによるマジョリティのための写真集だったのかもしれません。とりあえず日本の出版社からこのような書籍が出たことには歴史的意義があると思うので、買ったことを後悔はしてませんが。