石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』(高殿円、早川書房)感想

シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱

シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱

性別逆転百合パスティーシェ

ホームズとワトソンを女性化した微百合パスティーシェ。舞台は現代の英国。大変楽しく読みましたが、妙に描写が日本っぽいところと、賢いはずのホームズとワトソンに頭の悪い女子高生的な部分があるところが玉に瑕。同性愛/両性愛についての偏見も日本的。

同性愛要素はブロマンス(を百合にした)ぐらい

原作ホームズのホモエロティシズムは昔から有名ですが、あれは明確な同性愛ではなくて、あくまでブロマンスの範囲ですよね? 本作における百合も、おおむねその程度の濃度にとどめられています。しかし、それがかえってゆかしい感じで、十分楽しく読めました。「ジョー」・ワトソンのちょっとした台詞で「シャーリー」・ホームズが「まるで愛を告白されたような」(p. 68)表情を浮かべるあたりもいいし、ふたりのこんな会話(p. 138)にもドキドキ。

「シャーリー!」

彼女はちょうど橋の真ん中まで来ると、立ち止まって私を振り返った。

「ジョー、君も一緒にくるだろう?」

「えっ」

「来るはずだ」

「えっえっ、えっ…」

「GO!」

原作ファンにも楽しめます

収録作「シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱」は「緋色の研究」を、「シャーリー・ホームズとディオゲネスクラブ」は「ギリシャ語通訳」をそれぞれ下敷きにしています。殺人現場には「RACHE」の文字がある(そしてグレグスンが『レイチェル』探しに奔走する)し、床には指輪も落ちているし、ディオゲネスクラブでは来客室以外は会話禁止です。それでいて殺人のトリックや動機は現代風に大きくアレンジされており、オリジナルなミステリとして楽しむことができます。

ワトソンが原作と同じアフガニスタン帰りで、生活のためにシャーリーとの冒険を「性別を逆転させた」小説にして発表するという設定にもにやりとさせられました。ホームズ本人がそれを「ブロマンス小説」と呼び、「とても読みやすい」と評価している(p. 223)ところなんて、最高。

なお本作ではまだ書かれていない範囲で「バスカヴィル家の狗」なるストーリーもあれば、ライヘンバッハの滝のエピソードもしっかり発生するようです。次回作を! 次回作を早く出して!

残念だったところ1

英語になんだか怪しいところがあったり、クリスマスのとらえ方が妙に日本っぽかったりと、「せっかく現代英国を舞台にしたのになぜこんな」と思ってしまう部分があるのが残念でした。もっともドン引きしたのは、ホームズの「姉」のマイキー・ホームズが女性を好む人だと知ったときのワトソンの反応(p. 220)です。

「き、君の姉上は同性愛者なのか!」

衝撃の展開だった。

「いいや両性愛者だよ。彼女には七人の情人がいて、(引用者により以下略)

あのね、統計によれば、英国人は平均で約8人の同性愛者の知り合いがいるんですよ。都会の住人ほどゲイ/レズビアンの知人は多く、ロンドンっ子なら平均12.5人です。社会制度の面でも、2004年から既にシビルパートナーシップ制度があり、2013年には同性婚を認める法律も可決されてます。そんな国に住んでいて、たかが誰かが同性愛者/両性愛者だとわかっただけでこんなに動転するだなんて、どんだけ差別的なクソアマなのよ、このワトソン。

いやわかってる、このワトソンの中身は日本人なのよね。「同性愛/両性愛なんてどこか遠くのこと♪」と無邪気に思い込んでいる、「普通の」日本人の感覚なんでしょうよ。でもせっかく英国が舞台の、しかも百合なホームズを書くのに、これはないでしょう。

残念だったところ2

ワトソンが表題作で披露する「タンポンを使う人間ってバージンじゃないよ。一度でも性経験がないとあそこにモノを入れようとは思わない」(p. 161)という迷推理にまず口あんぐり。タンポンは初経を迎えたときから誰でも(もちろん処女でも!)使えるものだし、実際使っている人も少なくありません。そうじゃなかったら、アスリートやチアリーダーはいったいどうすりゃいいのよ。男かよ、このワトソン。

で、さすがにホームズはワトソンのこの蒙昧を笑うだろうと思ったんですよ。しかし違いました。シャーリー・ホームズときたら、「驚きと新鮮さと、感銘に満ち」た声で「悪くない」と言って、この推理を全面的に認めちゃう(p. 162)んですよ。

二人揃って大馬鹿か!? 犬でも取れる偏差値の底辺女子校で「あの子タンポン使ってるんだよ! ということは非処女!?」「非処女非処女ー!」とか騒いでる物知らずのティーンエイジャー(文化部または帰宅部所属)か何かか!?

ちなみに「タンポンは非処女が使うものである」という発想は、アジア系とラテン系に根強いらしいです。こんなところまで無駄に日本的にしなくてもいいのに。

まとめ

微百合な雰囲気もミステリとしての吸引力も十分だし、原作との共通点・相違点もいちいち心憎く、とても楽しく読めました。次回作が出たら間違いなく買います。ただ、ところどころでベタに日本的な感覚を引きずっているところ、とりわけ性に関する要素にいかにも日本的な偏見が混じり込んでいるところはいただけませんでした。一部の萌え百合漫画が「女の子の着ぐるみを着たヘテロ男性同士の乳繰り合い」であるように、この小説も結局「英国人の着ぐるみを着た、偏見に無頓着な日本人ヘテロによるキャッキャウフフ」なんですかねえ。もし続篇が出るのなら、このあたりに改善がみられるととても嬉しいです。