石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『<同性愛嫌悪(ホモフォビア)>を知る事典』(ルイ=ジョルジュ・タン[編]、金城克哉[監修]、齊藤笑美子+山本規雄[訳]、明石書店)』感想

〈同性愛嫌悪(ホモフォビア)〉を知る事典

読んで楽しく、引いて重宝。同性愛とホモフォビアの歴史をめぐる百科事典

驚異的な情報量を誇る、同性愛の歴史事典。世界各地のホモフォビアをめぐる諸相を、豊富な資料をもとに読みやすくまとめあげた1冊です。調べ事に使うもよし、1種のコラム集として楽しむもよし。日本についての項目の洞察の深さには、思わず舌を巻きました。

「日本」と「漫画」を引いてみた

まだ紙の地図しかなかったころ、「地図のよしあしを知るには、自分の家の近所がどう表記されているか見ればいい」てなことが言われておりましてね。よく知っている場所がどのように扱われているかを見れば、その地図の情報の新しさや見やすさ、正確さがわかるというわけ。

事典でも同じことが言えるはずだと思い、本書を手に入れてまず引いてみたのが「日本」と「漫画」の項目でした。結果、情報の詳しさや考察の深さにたいへん驚かされることとなりました。

「日本」の項では、まず9~19世紀の我が国に「豊富な同性愛の歴史」があったこと、特に15~17世紀に「一定の年齢の男と若い小姓の間の関係」が「武士道の華」として高められたことについて説明されています。本書はその上で、「日本の同性愛嫌悪の大きな波」を、主として以下の3点から解説していきます。

  1. 16世紀のイエズス会宣教師からの忠告(これは当時の日本社会から顰蹙をかい、イエズス会の失敗の原因ともなった)
  2. 徳川末期の男色禁止(男色が男娼や心中、情痴犯罪などによる『社会的無秩序』と結びつけられた)
  3. 西洋コンプレックスを抱いていた明治政府による、列強の道徳への譲歩(厳格な性規範の押し付け、公認された性的アイデンティティ(『女性的なところのない男』と『良妻賢母』)の絶対化、同性愛のタブー視など)

この1870年代の「性的アイデンティティの再確定」がその後も維持され、それによって帝国政府が大きな利益を得たため、日本の同性愛嫌悪が強まったというのが本書の指摘です。これ、正しいと思うんですよねえ。また、同調圧力という面に着目した、以下のような分析(p. 417)も見逃せません。

明治以来、そしてとくに教育勅語以来、学校、家族、社会が「すべての日本人は同じである」(つまり日本人は、同じでなければならない)と教えてきた。同性愛は、道徳的宗教的理由で悪いのではなく、正常なセクシュアリティと異なっているから悪いのである(そもそもこの掟にとっては、同性愛はセクシュアリティではなく、「偽りのセクシュアリティである」)。

同性愛者であるとの評判を得た者は誰でも、笑い者にされることが非常に一般的である。異なることを自認し、異なっていることを恐れないと言うことは、日本においてはまったく途方もないことである。

「日本は同性愛に寛容です」とふんぞり返ってるみなさん、実態はもうここまでバレてますよ。ネットやTVの「ホモネタ」でゲラゲラ笑ってる場合じゃなくてよ。

さて、次に引いてみたのが「漫画」の項目。やはりというべきか、日本の漫画についてもしっかり言及がありました。それも、「今日、新しいものが到来しているとすればそれはおそらく日本からである」(p. 530)となかなか好意的な評価です。

この部分ではまず、男性同士の関係を描く漫画ジャンルを指すものとして、「少年愛」「ヤオイ」という語が紹介されています。その上で、これらの漫画で「目新しく、親しみやすく、感傷的ではあるが大胆な、新しい男性像」が表現されていること、それによって「男性同性愛の評価が高まる可能性はあるし、またそれゆえに日本におけるゲイ嫌悪反対闘争の役にも立つ」ことなどが説明されています。

「腐女子/BLは同性愛差別的」のような先入観をお持ちの方々には、上記のような意見は耳慣れないものであるかもしれません。しかし、実際海外のゲイの方で「ヤオイ(または少年愛、BL等々)漫画を読んで初めて自分のゲイ・アイデンティティを肯定できた」という人は少なくないんですよね。この事典の記述は、そうした情勢を的確にとらえたものだと思います。

ヤオイ・少年愛とは逆に、百合についての記述が辛辣なところも面白かったです。以下、p. 530から引用。

「ヘンタイ」も少しずつ発展してきている。これは少女どうしの恋愛関係、性的関係を描くもので、こちらの場合は男性作家が男性読者のために描く漫画本である。しかしそのようなレズビアンのイメージは客観化され、固定化され、ステレオタイプ化されているように見える。そうであれば日本における女性同性愛の社会的受容を促す可能性はほとんどないであろう。

この「ヘンタイ」という語は、北米で日本のエロ漫画を指す語として定着している"hentai"から来ているものと思われます。したがってこの考察が主にエロ漫画をテクストとしたものであり、非エロも含めた百合全般を参照したものではないという可能性は否めません。しかしそれでもなお、「少女どうしの恋愛関係、性的関係を描く」日本の漫画が主に男性向けであり、登場するキャラのイメージが「客観化され、固定化され、ステレオタイプ化」される傾向にあるというのは否定しがたい事実かと。日本語ということばの壁を乗り越えて、やっぱりもうバレちゃってるんじゃないですかね、いろいろと。

上記以外の項目について

どの項目も情報たっぷりで、読み応えがあります。日本語と英語しか読めない自分にとっては、それ以外の言語圏での同性愛(者)の歴史や現状を詳しく知るチャンスがなかなかないので、この事典は本当にありがたいです。

本書はいわば世界中でひねり出されてきた「ホモフォビアを正当化するための言い訳」事典でもあるので、ゲイ嫌いの皆さまの陳腐な妄言を笑い飛ばすのにもたいへん役立ちます。特に興味深かったのは「自然に反する」「生物学」「同性婚」「同性愛者の子育て」「検閲」「露出」などの項目。現代日本のホモフォーブが「いいこと考えた!」とばかりに持ち出す理屈の大半が既にさんざん検証・反論され尽くしていることが、よくわかります。

補遺も充実

フランス語の初版発行(2003年)から日本語版発行(2013年)までの間に生じたLGBTをめぐる状況の変化は、各項目末尾の補遺や、巻末の「日本語版解説 本書を性的マイノリティについて考えるきっかけに」(p. 599)などで詳しく解説されています。かゆいところに手が届く、まことに親切な構成です。

まとめ

世界各地の同性愛嫌悪の諸問題を多方面からとらえた画期的大著。アンチゲイなレトリックの分析にも重宝しますし、海外発のLGBTニュースを見るとき、その国の歴史的背景を調べたりするのにも便利です。読みものとしても充実しており、好奇心のおもむくままにページを渉猟する楽しさはこたえられません。日本語版はちょっとお値段がはるのですが、思い切って買ってみてよかったです。

〈同性愛嫌悪(ホモフォビア)〉を知る事典

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