石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(原題:"Orange Is the New Black")シーズン3感想

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万華鏡のよな人間ドラマ

女子刑務所が舞台の群像劇、シーズン3。ストーリーの疾走感ではシーズン2に一歩譲るものの、細かなエピソードを万華鏡のように散りばめて大きなテーマを浮き上がらせていく手腕は見事そのもの。LGBT要素や、女性同士のエンパワメントの描写もナイス。

善と悪とはいったい何か

シーズン2でもみられた「善と悪とはいったい何か」という命題が、本シーズンではさらに深く掘り下げられています。もう少し具体的に言うと、このシーズン全体に通底するテーマは、「善人と悪人の区分けは決して絶対的なものではなく、誰もみな弱くて愚かで、それゆえにいたいけな『人間』であるにすぎない」というものであるとあたしは受け取りました。

今やすっかり小悪党気取りのパイパー(テイラー・シリング)も、慢心から大失敗した昔のアレックス(ローラ・プリポン)も、一面的に「善」か「悪」かでとらえることはできません。いわゆる毒親のアレイダ(エリザベス・ロドリゲス)や、大事な人を助けたくて結局助け切れなかったあの人この人もみな同様。ある場面では極悪そのもののように見えたキャラでさえ、別の角度から光を当てれば、一概に「悪人である」とは言えなくなってきたりするんです。ちょうど、万華鏡の角度がほんの少し変わるだけで、目に映るものががらりと変わるかのように。

要するに、「『いいもん』が『わるもん』を倒せば苦が滅される」という単純なステレオタイプを決して採用しないんですよ、このドラマ。そのことがお話のほろ苦さや滑稽さを増やし、物語全体の奥行きをもぐっと深めていると思います。この分なら、この作品、シーズン10ぐらいまで余裕で作れるんじゃないかな?

LGBT要素について

アレックス(ローラ・プリポン)とパイパーの荒々しい「ヘイト・セックス」もよかった。即興劇での和解シーンもよかった。ストラップ・オン(和製英語で言うところの『ペニバン』)が活躍するベッドシーンの赤裸々さやコミカルさも大変よかった。でも、シーズン3のレズビアン描写で何よりもすばらしかったのは、ブー(リア・デラリア)と父親との会話(第4話)です。回想シーンでのブーの痛みと怒りに満ちた啖呵に胸打たれ、写経のごとくメモしまくってしまいました。レズビアンのみならず、「その人が、その人であること」を否定されるつらさを知るすべての人におすすめの回です。

そのほか今シーズンで目を引くのは、トランスジェンダー女性のソフィア(ラヴァーン・コックス)がヘイトクライムで暴力をふるわれるエピソード。リアルで、かつ胸くそ悪いのは、その後加害者ではなくソフィアが独房に送られること。トランスジェンダーの収容者を「守る」と称して独房に入れるのは、現実世界の刑務所でもおこなわれていることで、守るどころかかえって刑務所職員からのハラスメントが増えたり、自殺願望が悪化したりするリスクがあるため大いに批判されています。まっこうからこの問題に取り組もうとするところに、このドラマの心意気を感じました。

女→女のエンパワメント

ペンサタッキー(タリン・マニング)とブーとの友情は続いており、ある出来事を機にさらに深まっていきます。ホワイト・トラッシュの女性として踏みにじられながら生きてきたペンサタッキーの思考パターンがあまりにも痛々しいだけに、彼女の目を覚まさせようとするブーの努力に肩入れしながら見ずにはいられませんでした。実を言うと、女性キャラ同士のどんないちゃいちゃや痴話ゲンカやセックスより、このブーからペンサタッキーへのエンパワメントの方が何倍も強く印象に残っています。

米ドラマThe Fosters(邦題『フォスター家の事情』)のスピンオフドラマ、Girls Unitedの最終回に"We got your back."(あたしらがついてるよ)というとてもいい台詞がありましてね。今回、ブーとペンサタッキーのやりとりを、ひいてはシーズン3全体を見ながらしきりにこの台詞のことを思い出していました。思うに、人は無力で、バカで、いろいろひどいこともしでかすけれど、それでも「あたし(ら)がついてるよ」と言ってくれる存在があればなんとかやっていけたりするものなんじゃないかと。で、ペンサタッキーにとっては、それがブーだったんじゃないかと。今シーズンで孤独感に苦しむキャラのみなさんも、怪しげなカルト集団を形成しちゃったみなさんも、ひいてはこのドラマを見ている視聴者みんなも、結局は"I got your back."と言ってくれる誰か/何かを求めているんじゃないか――そんなことを思ったりしました。

その他いろいろ

  • キャストのみなさんの演技力の高さはいまさら言うまでもありませんが、中でも図抜けていたのがケイト・マルグルーとローラ・プリポン。どちらも表情が雄弁で雄弁で。
  • チャンのおかげで「胆嚢」が英語で言えるようになりました。ありがとうチャン。
  • スペイン語の罵倒語もいくつか覚えました。ありがとうラティーナのみなさん。
  • AfterEllenで「ステラは新たなシェーン(訳注:『Lの世界』の大人気キャラクタ)なのか?」なる特集まで組まれた新キャラ・ステラ(ルビー・ローズ)は、たしかに中性的な美貌こそノンケ受けしそうですが、あたしにはあまり訴求するものがなかったです。やはりこの話のメインヒロインはアレックス。そこは譲れません。

まとめ

相変わらず深くておもしろいドラマでした。公開直後の回線激重のNetflixでがんばって全部見た甲斐があったというもの。最後に、パイパーの名台詞(第7話)をひとつ紹介しておきます。

「女子刑務所だっていうだけで、男性向けの70年代搾取ファンタジーのネタにされちゃうのよ。まるであたしたちが全員『チェーンヒート』や『プリズン・エンジェルズ』のキャラで、レズビアンセックスと全裸検査とシャワー中のキャットファイトばっかりしてるみたいに思われる。(アレックスがにやにやしているのに気づいて)……他のことだってするのに」

本当にこの通りの作品なところが楽しすぎ。そう、レズビアンセックスも全裸検査もキャットファイトもありで、なおかつ「他のこと」もめちゃめちゃ充実した傑作なんだよ!