石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

「ボーン・ディス・ウェイ」説はホモフォビアを減らす最善策ではないかも(米研究)

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米国テネシー大学の研究者らが、「性的指向は生まれつき」と主張することは、同性愛者や両性愛者への偏見を減らすのにもっとも効果的な策とは言えないかもしれないとする研究結果を発表しました。

詳細は以下。

“Born That Way” May Not Be Best Way to Reduce Homophobia | Psych Central News

この研究は同大学のPatrick Grzanka博士、Joe Miles博士、Katharine Zeiders博士らがJournal of Counseling Psychologyで発表したもの。アブストラクトは以下からどうぞ。

同研究の目的は、性的指向に関する信念が、性的少数者に対する見方にどのような影響を及ぼし得るかを調べること。ミズーリ大学の学生数百人について調べた結果、「性的指向は生まれつきで、変えられないものである」と考えているか否かは、同性愛者男性に対してネガティブな態度をとるかどうかには関係がなかったとのこと。もう少し具体的に言うと、「ゲイ男性は生まれつきゲイだ」と信じている人であっても、ゲイは「みんな同じで、みんな同じ行動をとる」と思っている人だと、同性愛者男性への偏見を助長するような態度を取る傾向があったのだそうです。

これにより、「ボーン・ディス・ウェイ」説(性的指向は先天的なものとする説)のホモフォビアを減らす力には限界があることがわかるとGrzanka博士は述べています。より受容的で安全な社会をつくるためには、性的少数者に対する態度は複数の信念の総和によって形成されるものだということを理解する必要があるというのが博士らの主張です。

「『ボーン・ディス・ウェイ』という主張はこれまでずっと、医師や、聖職者や、心理学者たちによる、性的マイノリティを異性愛者に変えようとする恐ろしい企てに反対しているLGBT支持者にとって必要不可欠なものでした」とGrzankaは言った。

「わたしたちは、生物学的な議論は性的少数者への態度を実際に改善するのに十分かどうかということに関する、今もなお進行中の政治的かつ学術的な対話に寄与しているのです」

“‘Born this way’ arguments have been the cornerstone of LGBT advocacy against horrific attempts by physicians, clergy, and psychologists to turn sexual minorities into heterosexuals,” Grzanka said.

“We are contributing to the ongoing political and scholarly conversations about whether biological arguments are enough to actually improve attitudes toward sexual minorities.”

「ボーン・ディス・ウェイ」、つまり「同性愛=先天性」という考え方は、キリスト教社会の「同性愛は神への冒涜」という考え方に対抗するには一定の効果があるとは思いますが、たしかにこれだけでホモフォビアがすべてなくせるものではありませんよね。そもそも先天説が本当に正しいのかどうかも実はまだよくわかってはいないので、その意味でもこの説に頼り切るのは危険かと。今後「性的指向は後天的である」という研究が提示されたとしても「だとしても差別は許されない」と言えるだけの議論を組み立てておくことの方が大事だと思います。

それに、仮にこの先「性的指向は先天的なもので、変えられない」ということを示す科学的エビデンスが出てきたとしても、それだけで偏見がなくなるとは自分には思えないんですよねえ。有色人種は「生物学的に」白人に劣るという説は現在の科学によってくつがえされていますが、にもかかわらず人種差別はなくなっていません。これと同様、ホモフォビアの解消にも「生物学的な議論」だけではおそらく足りず、ステレオタイプや偏見に関する社会心理学の研究知見に注目していく必要があると思います。

たとえば上の方で書いた、「ゲイは『みんな同じで、みんな同じ行動をとる』と思っている人だと、同性愛者男性への偏見を助長するような態度を取る傾向があった」というのは、外集団均質性効果(外集団のばらつきを内集団のばらつきより小さくとらえる傾向)や錯誤相関(少数派の一部の行動を、あたかも所属集団全体の特徴であるかのように誤解してしまうこと)によるステレオタイプ化で説明できると思うんですよ。ということは、ステレオタイプ変容の研究事例を応用することで、こうした態度を変えていける可能性があるのではないでしょうか。宗教論や生物学的な研究ももちろん大事ですが、現実的な差別解消にはこちらの方が手っ取り早いのではないかと自分は思っています。

補足

上で触れた「外集団均質性効果」や「錯誤相関」については、以下の本の第2章がくわしいです。

ステレオタイプの社会心理学―偏見の解消に向けて (セレクション社会心理学)

ステレオタイプの社会心理学―偏見の解消に向けて (セレクション社会心理学)