石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

米ウエストバージニア州上院、アンチゲイな「宗教の自由」法を大差で否決

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米国ウエストバージニア州の上院が、企業などによるLGBTの人々への差別を正当化するおそれがあると指摘されていた「宗教の自由保護法」("Religious Freedom Protection Act")を、27対7で否決しました。

詳細は以下。

Breaking: West Virginia Senate Kills Anti-Gay 'Religious Freedom' RFRA By Huge Margin (Video) - The New Civil Rights Movement

否決の瞬間の動画はこちら。

このタイプの法律は総じて「宗教の自由回復法」(Religious Freedom Restoration Act , RFRA)と呼ばれています。事業主などには政府から宗教的信念に反する行為を強制されない自由があるとするもので、2015年の時点で21州に存在。連邦最高裁が全州での同性婚を認めて以来、キリスト教徒が「迫害」されているとしてこのような法案が提出される州が相次いでいます。

問題なのは、こうした法律がLGBTの人々への差別を正当化するために悪用されかねないことです。実際、インディアナ州で2015年3月にRFRAが議会を通過し、知事が署名したときには、こうした懸念から大規模な抗議運動が巻き起こりました。

今回のウエストバージニアの法案も、企業、団体、個人などが「宗教上の、またはモラル上の真摯な信念」を持っていると主張すればLGBTの人々を合法的に差別できてしまう可能性があると指摘されていました。否決されて本当によかったです。

ところで、この手の「宗教の自由」の問題を、単に同性婚のウエディングケーキを焼くか焼かないかの話だと思っている人は、同州でただひとりのユダヤ人代議員であるマイク・プーシキン(Mike Pushkin)氏が下院でおこなったスピーチをごらんになるといいですよ。家族が東ヨーロッパで「本当の宗教的迫害」に遭ったため、自分にとっては宗教の自由はとても大事だという彼は、このスピーチで宗教的迫害(religious persecution)と宗教上の不便(religious inconvenience)は違うと話しています。

たとえばプーシキン議員は、ユダヤ教の暦ではとても大切なロシュ・ハシャナ(新年祭)の日に、議員として会議に出席しなければなりませんでした。そのために礼拝に遅れてしまったそうですが、「わたしは自分の仕事をしたのです」「これが、宗教上の不便です」と彼は説明しています。

パン屋が同性婚のウエディングケーキを焼かなければならないことも、「迫害」ではなく「不便」だというのが彼の意見です。以下、The New Civil Rights Movementより引用。

「プロのパン屋がケーキを焼かなければならないことや、ケーキを焼いて人からお金をもらうということは、差別ではありません。ひょっとしたらそれが不便なように感じられることもあるかもしれませんが、これがパン屋というものです」とプーシキンは言った。

「わたしには、これが不便だとはあまり思えません。これは、ある人が自分の職務を果たすことを選ぶということなんですから」

"Having to bake a cake when you are a professional baker, and having somebody pay you to bake a cake is not discrimination. It could, possibly, be seen as an inconvenience," Pushkin offered. "But you're a baker."

"I don't see that, really as an inconvenience. It's somebody choosing to do their job,"

その次のこのフレーズが強烈ですよう。

「わたしが言いたいのは、ケーキを焼くのは迫害ではないということです。迫害とは、オーブンの中で自分が焼かれることです」

"I guess what I'm trying to say is, baking a cake is not persecution. Getting baked in an oven is persecution,"

差別する自由を認めないのは自分たちへの「迫害」だとかなんとか叫んでいる人たちは、このことばを百回ぐらい音読するといいんじゃないかしら?