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石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャー。

初代になくて、リブートにあるもの―映画『ゴーストバスターズ(2016年)』3回目鑑賞後の感想(ネタバレあり)

GHOSTBUSTERS

※初回~2回目鑑賞後の感想はこちら。

「人生の目的とは」とホルツマンは言った

IMAX3D字幕版にて3度目の鑑賞。さすがにもう台詞も全部聞き取れ、終盤のホルツマンによるスピーチがこの映画全体の主題を暗示するものであることに(今さら)気付きました。最終形態のローワンが4人に撃たれた箇所のことと関連してるよね、あれは。

初代になくて、リブートにあるもの

まず、上で触れたホルツマン(ケイト・マッキノン)の演説から、少し抜粋して私訳したものをどうぞ。

「物理学とは空間内での物体の運動を研究するもので、宇宙の謎を解き明かすことができる。でも、人生の目的は何なのかというきわめて重要な問いには答えてくれない。自分にとって、人生の目的とは愛することだ。愛とは、あんたたちがあたしに見せてくれたものだ」

"Physics is the study of the movement of bodies in space and it can unlock the mysteries of the universe. But it cannot answer the essential question of what is our purpose here- and to me the purpose of life is to love, and to love is what you have shown me."

これは初代GB(1984年)に欠けていて、リブート版GB(2016年)で補われたものを端的に表した台詞なんじゃないかと。

初代GBにおける「人生の目的」とは、男らしさの回復でした。物語のゴールは、「金も地位もマッチョな体も持たないギークが戦いに勝ち、美女を得て、人々から一目置かれる」というたいへんベタなものでした。主人公・ベンクマン(ビル・マーレイ)からヒロイン・デイナ(シガニー・ウィーバー)へのセクハラや性的つきまといも、女性を「男が成功したとたんすり寄ってくるちょろい存在」として描くことも、モンスターに憑依されて変身したヒロインを主人公が何のためらいなくブス*1呼ばわりすることも、すべてベンクマンの「男らしさ」獲得のプロセスとして正当化され、公開当時はほとんど誰も問題視しませんでした。105分もある映画の中でわずか7分半しか主人公とことばを交わしていない(しかもそのうち約4分の3の場面で、ひたすら主人公からのセクハラを嫌がっていたはずの)*2ヒロインが、エンディングではなぜか唐突に主人公と熱烈にキスし始めるというご都合主義も、やっぱり誰も気にしませんでした。だって、男の勝利にはトロフィー・ガールが必要だし、トロフィーには人間らしい感情なんてなくていいから。むしろ、あったら邪魔だから。……と、当時まだ野蛮だった人類は考えていたんですよ。厚さ3cmぐらいあるウォークマン(MP3ではなくカセットテープ使用)*3で、シャカシャカ音をさせてマイケル・ジャクソンとか聴きながら。

これに対し、それは本当にハッピーエンドだったのかと2016年の今改めて問いかけるのが、ポール・フェイグ監督によるこのリブート版なわけです。新GBたちは同じ女性でもデイナとは違い、無力な悲鳴上げ係にも、さらわれ役にも、ましてや誰かの勝利を飾る薄っぺらな景品にもなりません。そして、彼女たちが欲しているのはトロフィー用の異性でも他者からの喝采でもなく、(1)自分たちの研究で未知の謎を解明することと、(2)バディ同士の愛または連帯、の2点だけ*4。このあたりは、ベンクマンともずいぶん違っています。

本作ではまた、旧作と違って、ゴースト退治に成功した4人がメディアにもてはやされて時の人になる場面は存在しません。ローワン(ニール・ケイシー)からニューヨーク・シティーを救った直後でさえ、市民たちから大歓声でたたえられたりはせず、ケヴィンとのあのお間抜けな会話に突入するだけ。事件後に彼女らがそのへんのレストランで食事していても、誰にも有名人扱いされたりしません。おまけに政府当局からは相も変わらず「目立たないように」と釘を刺される始末。それでも、これは彼女たちにとっては文句なしのハッピーエンドなんですよ。一連の事件の中で、この4人は自分たちなりの人生の目的を、すなわち「愛すること」をなしとげたんですから。

それがよくわかるのは、タイムズスクエアでの大量のゴーストとの戦いの場面です。ホルツのピンチをパティ(レスリー・ジョーンズ)が救い、エリン(クリステン・ウィグ)の窮地をアビー(メリッサ・マッカーシー)が助け、アビーがゴーストに吊り上げられればすかさずエリンがカバーするという、「仲間の危機を、絶対に別の仲間が救う」というコレオグラフの連続だったでしょう。これは初代GBにはなかったシークエンスであり、この4人の互いへのゆるぎない愛を象徴するものです。エリンとアビーの過去エピソードや、ホルツマンのウインク、パティの「私の友達から出ていけ!!」というシャウト、そして仲間同士でダンスしたりふざけたりする場面等々を丹念に積み上げておいてから、最後の戦いでこのド迫力のアクションをぶつけてくるとは、やるわねポール・フェイグ。しかもこの後あの大渦巻きとホルツの演説が待ち受けてるんですから、もうナウシカの大ババ様になりきって「なんといういたわりと友愛じゃ」と泣くよりほかありませんよ。少なくともあたしゃ、7分半しか話したことのないセクハラ男の自己顕示欲を満たすためのお飾りにされるより、この4人(と、ケヴィン)と一緒にいつまでも踊ったりピザ食ったりビーム無双したりしている方がいいよ。こっちの方が絶対幸せになれるよ。

そうそう、戦闘シーンと言えば、ローワンの最終形態が4人のプロトンビームで撃たれる箇所がまたやけに象徴的ですよね。あれはこの映画における、「(初代GBでデイナがやらされていたような)『男らしさ』のお守りはもうお断りだ」という宣言なのだと思います。何も考えずに初めてリブート版のこの場面を見たときには「ちょっと下品だし、やりすぎなのでは」とも思わないでもなかったのですが、その後一連のレビューを書くために初代GBとGB2(1989年)を何度も何度も何度も見直しているうち「これぐらいやらなきゃダメだわ」と考えが180度変わりました。長くなるので詳しくは述べませんが、GB2におけるデイナの描き方もそれはそれはひどいもので、やっぱりマスキュリニティのお膳立て係、または無能な悲鳴上げ係でしかないんですよ。せっかく『エイリアン2』(1986年)でパワーローダーを駆って"Get away from you, bitch!"と叫んだシガニー・ウィーバーをあんな使い方しかできないって、どういうことよ!? そのあたりへの皮肉も含めて、新GBでのシガニーのカメオはあのかっこいい役になったのかもしれませんね。

なお、1984年版ゴーストバスターズの名誉のために書き添えておくと、こちらにも友愛の要素はあり、特に最終戦で死を覚悟したベンクマンとレイ(ダン・エイクロイド)が短く交わすやりとりなど、今見てもぐっときます。この作品が名作と呼ばれ続けているのは、こうした細かいダイアローグの数々がとてもよくできているということもあるのでは。しかし残念なことに、旧GBにおける友情とはボーイズ・クラブのメンバーだけがあずかれる特権であり、デイナは終始蚊帳の外です。新作のケヴィン(クリス・ヘムズワース)が、パティやアビーから「誰にもケヴィンは傷つけさせないよ!("Nobody hurts Kevin, nobody!")」、「あたしらはケヴィンが好きなんだ、イラッとするような奇癖がすごく、すごく、すごくたくさんあってもだ!("We like him, despite his many, many, many frustrating quirks!")」と熱く叫ばれる愛されボーイであるのとはえらい違いです。この点でも、あたしゃ旧作より新作の方が好きですね。「男同士限定の友情」と「男らしさの称揚」に終始した旧作より、もっと大きくて強い愛を(そしてホルツマンのかっこよさを!!!!!!)全力で描いた新作の方が、あたしの好みには合ってます。

IMAX3Dについて余談

人生初のIMAX3Dがこの『ゴーストバスターズ(2016年)』だったことをうれしく思います。特に印象的だったのは音響のリアルさで、ケヴィンを初めて見たエリンが生唾を飲み込む音までクリアに聞こえることに驚きつつ爆笑してしまいました。これまでの2回の鑑賞(2Dと通常3D)ではまったく気づきませんでしたよ、この音。『スーワイド・スクワット』が始まったらIMAXシアターがそちらに取られてしまう可能性があるため、この生唾飲み込みサウンドを堪能したい方は今のうちにぜひ劇場へどうぞ。

まとめ~オバケ・ガールよ永遠に

3回目の鑑賞中、実は先日紹介した本作品のスピンオフ本『Ghosts from Our Past: Both Literally and Figuratively: The Study of the Paranormal』(エリン・ギルバート、アビー・イェーツ&アンドリュー・シェイファー著、Ebury Digital)の、少女時代のアビーのことばが頭の中をぐるぐる回り続けていました。「オバケ・ガール」("Ghost Girl")と呼ばれていじめられていたエリンと友達になったとき、アビーは自分まで「オバケ・ガール」と呼ばれることを心配するどころか、こう言い放ったんです。

ふたりのオバケ・ガールは、ひとりよりいいよ!

Two Ghost Girls are better than one!

これは英語圏でよく使われる聖書の引用句、「ふたりはひとりにまさる」("Two are better than one")のもじりです。聖書では、この後こう続くんですよ。「彼らはその労苦によって良い報いを得るからである。すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起こす。(引用者中略)またふたりが一緒に寝れば暖かである。ひとりだけで、どうして暖かになり得ようか。人がもし、そのひとりを攻め撃ったなら、ふたりで、それに当たるであろう。三つよりの綱はたやすくは切れない」(伝道の書4:9-12)。

これってそのまま、アビーたちが大人になってもやり続けていることじゃないですか。おかげで、映画内でパティが「これで全員オバケ・ガールだ」とつぶやく場面では、ついつい心の中でこうつぶやいてしまいました。「4人のオバケ・ガールは、ふたりよりさらにいいよ!」。

21世紀のゴーストバスターズたちにとって、人生の目的とは、「男らしさ」の引き立て役として物のように利用されることではなく、誰かを踏み台にして階層を昇ることでもなく、友を助け起こし、共に暖かく過ごし、ひとりの危機には仲間が一緒に立ち向かうことです。本作品を見て彼女たちに魅了された世界中の「オバケ・ガール(&ボーイ)」たちにも、おそらくこのメッセージは十二分に伝わったのでは。ネット上のセクシストたちがいくらリブート版をバッシングしたところで、この流れはもう止められませんよ。この映画は出るべくして今の時代に出たのであり、誰が何を言おうと、初代にも劣らず長く(そう、それこそいつか植物の大統領が誕生する時代までもね!)愛され語り継がれる作品になることであろうとあたしは思っています。

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映画『ゴーストバスターズ(2016年)』関連記事一覧

*1:英語の"dog"には「醜い女」という意味があるんです。字幕翻訳で「犬」ではなく「イヌ・ブタ」とされているのは、その意を汲んだものです。

*2:これらの会話シークエンスの長さは、Netflix配信の初代GBを視聴しながら、iPhoneのストップウォッチを使って測定しました。GBの事務所での会話が約1分40秒、デイナの家での会話が約4分、路上で話す場面が約1分50秒で、トータル約7分半となります。なお、デイナがズールに意識を乗っ取られた状態での会話はカウントしていません。

*3:スマホどころか携帯電話すらなかった太古の昔ですよ、1984年って。

*4:厳密に言うと、これらの他、(3)スープとワンタンの比が適切なワンタンスープと(4)プリングルスも求められていますが、それはまた別の話。