石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

整合性もギャグも、ホルツのレズビアンっぽさも大幅増量―映画『ゴーストバスターズ(2016年)』エクステンデッド版感想(ネタバレあり)

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※劇場公開版の感想はこちら。

サービス精神満点。買って悔いなしのエクステンデッド

DL購入したエクステンデッド版(英語)を見ました。物語のコアとなる部分は劇場版と全く同じですが、こちらの方がホルツのレズビアンっぽさが強く、話の整合性も高く、ギャグもあちこち手が加えられています。あたしとしては劇場版と同じぐらい好きです。

レズビアンっぽさ大幅増量中

ジリアン・ホルツマン(ケイト・マッキノン)のファンならば、彼女の登場シーンだけで早くも劇場版との違いに気づくでしょう。というのは、エリン(クリステン・ウィグ)との最初の会話が、こちらではさらにレズレズしくなっているから。しかもそれが、一旦フェイントをかけておいてからガツンとくるから。

劇場版では、ホルツの第一声はこれでした。(以下、訳はすべてみやきちによります)

「ここにはよく来るの?」

"Come here often?"

これがレズビアンバーなどでの口説き文句によく使われる言い回しだということで、一部でずいぶん話題になったものです。エクステンデッド版では、この部分はこう変わっています。

「ずいぶん肩に力が入ってるね」

"You carry a lot of tension in your shoulders."

全然口説いてないように見えるでしょ? でも、これに続く台詞はこうなんです。

「ホルツマンだ。乙女座。スキー愛好家。グルテンはたっぷり食べる。それから、あんたに会えて100%興奮してる」

"Holtzmann. Virgo. Avid skier. Gluten-full. And 100% jazzed to meet you."

これ全部、まっすぐ歩み寄ってきてエリンの目をじっとのぞき込みながら言うんですよ。あの。ケイト・マッキノンの。目ヂカラで。どう見ても劇場版よりあからさまに粉をかけていると言わざるを得ません。

エクステンデッド版のホルツマンは他の場面でも、ハイファイブをしようとしたパティ(レスリー・ジョーンズ)の手にふざけてキスしようとするわ(噛みつこうとしているという解釈もあるようですが、唇の形とホルツが立てている音からしてあれはキスのはず)、肩もあらわなタンクトップ姿でエリンに新聞を読んでやるわ、アビー(メリッサ・マッカーシー)とエリンの過去を知った後ふたりを抱きしめてグループハグに突入するわ、「あたしのミドルスクール時代のあだ名は『ゴーストおっぱい*1』だった」などと言い出すわで、身体的な表現が劇場版より相当多くなっています。早い話が、エクステンデッド版の方が、レズビアンの色気をコード化した描写が多めなんです。露骨な恋愛/性愛表現を入れなくてもここまでキャラクタをセクシーに描けるのだということが、なんだか痛快にさえ感じられました。

ひょっとしたら劇場公開時には大人の事情でここまでやれなかったのかもしれませんが、あたしはこちらの方が好きです。実は特典映像で見ることができる未収録シーンにはもっと濃厚なカットもあるのですが、あれらを全部入れたら全体のバランス取りが大変でしょうから、映画としてはこのエクステンデッド版ぐらいでちょうどよかったんじゃないかと思っています。

追加シーンで整合性もアップ

劇場版の展開の中には、「どうしてここがこうなったの?」と素朴な疑問を感じる部分もいくつかありました。たとえばこのあたり。

  • なぜケヴィンは後半で突然ゴーストバスターズになろうとし始めるのか?
  • タイムズスクエアの戦いの前、なぜエリンだけが他の3人から離れて自宅のベッドにいるのか?
  • なぜエンド・クレジッツでケヴィン(に乗り移ったローワン)が踊り狂っているのか?

もちろん、映画は学習参考書ではないので何もかも逐一説明する必要はなく、これらの疑問も「自分で考えろ」の一言で済んでしまうと言えば言えます。しかしこのエクステンデッド版は、劇場版ではカットされていた場面をいくつか復活させることで、これらの疑問に次々に答えを出してくれています。ポール・フェイグ監督によれば、エクステンデッド版の追加カットは全部で約15分なのだそうで、たったそれだけでここまで話のつながりが明確化されるとはびっくりです。編集って大事ね。ごく簡単に言うと、物語の疾走感なら劇場版、整合性ならエクステンデッド版の勝ちで、あとは好み次第かなー。

そうそう、エクステンデッド版ではエリンの(元)彼・フィルのエピソードがいくつか挿入されていて、これもまた話をよりわかりやすくしていたと思います。フィルは外見的にはハンサムでセクシーな一方、エリンを尊重する気持ちがまるでなく、常に自分の保身のことだけ考えているという小人物。エリンがそのフィルについに引導を渡す場面を見ていると、ただでさえ的外れだと言われていた日本版プロモーションの「オトコには弱いけど、オバケには強い」というキャッチコピーはやはり大失敗だったと痛感させられます。その意味では、この場面の前後の、フィルを眺めるアビーとパティの会話や、エリンを車に乗せたホルツが"Whoops!"と歓声を上げてアクセルを踏むところなども、みな如実に象徴的でよかったです。女はもう、男から一方的に品定めされたり、軽んじられたり、男の望み通りの行動をとらされたりするような存在ではないんですよ、少なくともこの映画では。そんな侮辱にはノーをつきつけ、どんなに滑稽だと思われたって、仲間と一緒にやりたいことをやるんですよ。

他には、先日レビューした映画スピンオフ本『過去からのゴースト』(原題:Ghosts from Our Past: Both Literally and Figuratively: The Study of the Paranormal)で触れられていたハイスクール時代のアビーとエリンのラップが現在のふたりによって再現されているところや、1984年版GBにあったビーム交差のタブーが改めて採用されているところもよかったです。両方ともそれぞれ、本や旧作のファンを喜ばせるのみならず、伏線としてクライマックスを盛り上げるのに一役買っていると思います。劇場版にも入れればよかったのに。

ギャグに見られるサービス精神

劇場版で評判がよかったギャグを思い切って新ネタと取り替えたり、あるいはもっとエスカレートさせたり、コント風の別展開をはさんだりしているところが山ほどあります。おそらくこれは、映画館で見た人たちにももう一度新鮮な驚きや笑いを味わってもらうための渾身のサービスなのでは。

たとえばこのあたりのパンチラインは、映画館で見た人のかなりが覚えていることと思います。

"You try saying no to these salty parabolas."(『塩味の放物線には逆らえない』)

"The hat is too much, right? Is it the wig or the hat?"(『帽子はやりすぎ? ヅラがまずかった、それとも帽子?』)

"Sharon! I think I'm having another flashback!"(『シャロン! ヤクをやめたのにまた幻覚が見えるぞ!』)

驚くなかれ、これ全部、エクステンデッド版では丸ごと新ネタに変更されているんですよ。で、それがまたいちいち劇場版にひけを取らないぐらいおもしろいんです。劇場公開時、本映画のケヴィンのギャグの数々が実はクリス・ヘムズワースによるアドリブ(improv)だったと報じられてずいぶん話題になりましたが、特典映像を見るとクリヘム以外の役者もそこらじゅうで大量の即興ギャグを連発していることがよくわかります。おそらく、そのうち世に出さずにおくには惜しいえりすぐりのものを、このエクステンデッド版に持ってきたのでしょう。

ギャグそのものは変えず、そこからさらにエスカレートさせている箇所は、エリンの毛染め液の名前の話や、ケヴィンが道行く人にサンドイッチを投げてもらう場面、そしてEVPの音が「前から出た音」だったらという話の続きの部分など。このうち最後のギャグを口にするのはホルツマンなのですが、下ネタすぎて苦手な人は苦手かもしれません。あたしは平気でしたし、「ホルツならいかにも言いそう」とかえってウケてしまいましたけど。他にちょっと人を選ぶかなと思ったのは、メルカドホテルのロビーでの比較的緊迫した場面に、TVのコント的なギャグが新たにふたつ挿入されていたこと。面白くないわけではないんだけど、ちょっと話のテンポを削いでしまっているような気がします。ただ、これもまた観客に新しいものを見せよう、喜んでもらおうというサービス精神由来のものだと受け取れますし、嫌いにはなれませんでした。

まとめ

この北米DL販売版をひととおり見てみて、ポール・フェイグ監督のこちらのツイートの意味がよくわかった気がします。

(訳:『正直言ってわたしは(劇場版とエクステンデッド版の)両方とも大好きです。それぞれ違う理由で好きなんです。あなたがエクステンデッド版を見たとき/もし見れば、この意味がわかってもらえるのではと思います』)

あたしの感想もこの通りです。コンパクトにまとまっていて疾走感あふれる劇場版も好きだし、サービス精神たっぷりで、何よりホルツマンの悩殺パワーがいや増しているエクステンデッド版も好き。ああ、選べない。しかし、ありがたいことに特典映像の"FEATURES"のコーナーには劇場版もまるまる収録されているので、悩む必要はないんでした。いつでもどちらでも好きな方を見ればいいんです。日本語版のブルーレイ/DVD/DL販売分も同じ構成になるかどうかは知りませんが、もし同じだとしたらこれは絶対買いですよ!!  別エントリで後述しようと思ってますが、特典映像の未収録シーンの充実度もそれはそれはすごいんですから!!

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*1:原文は"Ghost Tits"なので「ゴーストの乳首」とも訳せます。ただ、ケイト・マッキノンは以前どこかで自分の胸が大きくないことをネタにしていたので、同じ文脈から来たアドリブだとしたら「おっぱい」と訳すべきでしょうね。