石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

トランプ勝利後10日間で約900件のヘイト事件が勃発

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米国の公民権団体が、ドナルド・トランプの勝利となった米大統領選後の10日間で、全米でヘイト事件が900件近く報告されたと発表しました。

詳細は以下。

Ten Days After: Harassment and Intimidation in the Aftermath of the Election | Southern Poverty Law Center

この発表をおこなったのは、同国で1971年に創設され、差別への抗議やヘイトグループの監視に取り組んでいる非営利団体の「南部貧困法律センター(Southern Poverty Law Center, SPLC)」。同センターでは、大統領選後の10日間で、憎悪によるハラスメントや脅しなどを867件記録したのことです。攻撃者の多くがトランプの名を持ち出していることから、「憎悪の急増が、主にトランプの大統領選での勝利から生じたということは明らかだ」とSPLCは述べています。

以下、SPLCのTwitterより、上記報告書でも使用されているグラフをいくつか紹介してみます。まず、選挙後10日間のヘイト事件の数を示すグラフ。

867件のヘイト事件現場一覧。「青い州」であるカリフォルニアやニューヨークでも、たくさん起こってますね。

ヘイト事件の動機の内訳。

上記円グラフのデータの内訳を訳すと、こうなります。

  • 反黒人167
  • 反移民280
  • 反LGBT95
  • 反イスラム教徒49
  • 反ユダヤ教徒100
  • 反女性40
  • トランプ全般(攻撃者がトランプの名前だけを持ち出し、他の動機は不明な事件)43
  • 白人国家主義者32
  • 反トランプ23
  • その他18

大統領選の後、なぜか日本では「トランプ派も反トランプ派と同じぐらい暴力の被害に遭っているからどっちもどっち」とか、「むしろトランプ支持派の方がひどい暴力を受け、リベラルから『迫害』されている」などと信じている人を少なからず見かけたのですが、こうしてみると反トランプ的な動機で引き起こされたヘイト事件は867件中23件、つまり全体の約2.7%にすぎないようです。名誉白人気取りで「リベラルやポリコレにいじめられるかわいちょうな白人トランプ支持者」に自分を重ね合わせてうっとりする前に、こういう報告のひとつも読めばいいのにね。

ちなみにSPLCの報告によれば、トランプの勝利後、アジア系の人々は米国で以下のようなヘイト事件にさらされているようです。

中国系米国人の高校生が給油していると、白人男性が近づいてきて、こう言った。「トランプがおまえを強制送還するか、おまえが自分から出ていくかするのが待ち切れないぜ、クソレズの黄色いアマめ」。

While a Chinese-American high school student was getting gas, a white man approached her to say, “Can’t wait for Trump to deport you or I will deport you myself, dyke yellow bitch.”

テキサス州サンアントニオの歩道で、バスを待っていた女の子に若い男が言った。「おまえアジア人だよな? その目を見られたら(訳注:『アジア系の目は細くて吊り上がっている』というステレオタイプからくる侮辱的発言です)強制送還されるぜ」。

On a sidewalk in San Antonio, Texas, a young man asked a girl waiting for the bus, “You’re Asian, right? When they see your eyes, you are going to be deported.”

「これまでの人生でも差別は経験してきましたが、このような公の場であからさまに差別されたことはありませんでした」と、あるアジア系米国人女性は報告した。彼女はオークランドで駅から出る時、ひとりの男性から「国に帰れ」と言われたのだ。

“I have experienced discrimination in my life, but never in such a public and unashamed manner,” an Asian-American woman reported after a man told her to “go home” as she left an Oakland train station.

どう考えても、日本人だって安全じゃないよね。

さて、うちはLGBTニュースのサイトだから、上記報告の中からアンチLGBTな動機にもとづく事件の具体例もいくつか紹介しておきます。全部は無理なので、一部だけ。

カリフォルニア州サニーヴェイルでは、あるトランスジェンダーの人が、「3年間常連として通っていて――これまで一度も問題はなかった」バーで、ホモフォビックな中傷のターゲットにされたと報告している。

in Sunnyvale, California, a transgender person reported being targeted with homophobic slurs at a bar where “I’ve been a regular customer for 3 years — never had any issues.”

テキサス州オースティンのレズビアンカップルが帰宅すると、スプレーペンキで家のドアに「クソレズ」、「トランプ」ということばと、鉤十字が書かれていた。

A lesbian couple in Austin, Texas, came home to find “DYKE,” “Trump,” and a swastika spray-painted onto their door.

ミシガン州ブライトンで、ひとりの女性にふたりの白人男性が近づいてきてこう言った。「言っとくけど、おれたちはファッキンなクソレズが大嫌いで、アメリカ大統領もおれたちと同じなんだ」。アーカンソー州ラッセルヴィルでは、ある女性が、何か書かれたゴミがテープで家のドアに貼り付けられているのを見つけた。そのゴミにはこう書いてあった。「トランプはクロゼットに戻れと言ってるぞ、オカマどもめ!」

In Brighton, Michigan, a woman was approached by two white men who told her, “Just so you know, we hate fucking dykes and so does our President.” In Russellville, Arkansas, a woman found a note written on a piece of trash taped to her door, which read, “Trump says get back in the closet, fags!”

フロリダ州サラソタでは、75歳のゲイ男性が車から引きずり出されて殴られた。襲撃者は彼にこう言った。「おれの新しい大統領は、もうおまえらオカマ野郎ともを皆殺しにしていいって言ってるぞ」

In Sarasota, Florida, a 75-year-old gay man was ripped from his car and beaten by an assailant who told him, “You know my new president says we can kill all you faggots now.”

やりきれないのは、子供もターゲットにされていることです。

ニューヨーク州北部で、あるティーンエイジャーが学校の教室にいるとき、他の生徒たちからヘッドフォンにホモフォビックな罵倒語と鉤十字を書かれた。アイオワ州シーダーフォールズでは、16歳の子が学校友達から「オカマ」「変態」と呼ばれたり「まんこを握るぞ」と脅されたりして、学校を中退すると決めた。彼女は4年前にカミングアウトしており、両親はこう言っている。「過去にはこんなことは一度もありませんでした。(11月の)9日が来て、急にあの子は何らかの変人だということになったんです。娘はいじめの標的になりました。

In upstate New York, students wrote homophobic slurs and drew a swastika on a teen’s headphones while he was in class. In Cedar Falls, Iowa, a 16-year-old decided to drop out of school after a series of incidents in which schoolmates called her a fag and queer, and threatened to “grab her by the pussy.” The teenager came out four years ago and her parents said, “We never experienced anything like that. All of a sudden, the 9th (of November) hits, and she’s some kind of freak — she’s a target.”

元記事ではこの他、黒人や移民、イスラム教徒、ユダヤ教徒、女性などに対するヘイト事件の具体的事例も多数紹介されています。「壁を作れ」、「処刑すべき」、「犬用のショックカラーをつけろ」、「トランプがおまえを殺すぞ」、「アフリカに帰れ」、「まんこを握ってほしいか?」、「レイプしてやる」、「ホワイト・パワー!」など、暴言の数々を見ているだけで気が滅入ってきます。ヒジャブをつかんでひっぱられた、殴られた、旗などに火をつけられたというようなより直接的な暴力の実例も報告されていて、今後4年間のことが本当に思いやられます。

ところでBuzzFeedのこちらの記事によると、「トランプ氏を支持した『物言わぬ多数派』の学生たち」のセルフイメージは、「ポリティカル・コレクトネスの侵食とひそかに戦う反逆者」であるようです。「反逆」気取りで自分たちが解き放ってしまったものは何だったのか、果たして彼らは理解しているのでしょうかねえ。

ただし、英紙ガーディアンで最近発表された「ポリティカル・コレクトネス:右派はいかにして幻の敵を作り上げたか(Political correctness: how the right invented a phantom enemy)」という分析を読むと、これらの自称「反逆者」もまた一種の被害者であるという思いはぬぐえません。要約するとこんなことが書いてあるんですよ。

  1. ポリティカル・コレクトネス(以下PC)とは常に批判の文脈で使われる言葉(『自分は政治的に正しい』と表明する人はいない)
  2. トランプはPCとは何ぞやという具体的定義を一度もしないままPC批判を繰り返し、PCは国家の難題に立ち向かう自分の邪魔をする強敵だという神話を作り出した
  3. その上でさまざまな差別発言をし、そのようなことを口にする残酷さと悪意を「勇気」と称した
  4. トランプの発言に同意した人々が支持者となった
  5. 結果として、権力を多く持たないもの(the less powerful)たちが、仲間となれたかもしれない人々を憤怒のはけ口にして「自分たちは自由になったのだ」と思い込むことが助長された
  6. トランプは現在でもPCという言葉を定義しないまま便利に使っている。例:「"drain the swamp"(『沼を干して蚊を全滅させる』、ワシントンの腐敗を一掃するという意味)」という公約と正反対の人選をしているという批判に対し、「PCを気にしないのがトランプ流」と返す
  7. (原文最終段落より引用)「PCに反対する人は、常に、自分たちは権威に反対する十字軍だと言っていた。実際には、反PCは、今やそこらじゅうに蔓延しているポピュリストの権威主義のために道を開いてしまったのだ」

結局のところ、マイノリティと白人の「反逆者」たちは、誰かさんの利益のために蟲毒みたいに殺し合いをさせられているのであって――いや、マイノリティは蠱毒というよりむしろ咬ませ犬として一方的に咬みまくられている状態だと言った方が近いと思いますが――その結果として10日間でこれだけのヘイト事件が報告されたということなのでは。そこを見失っていたのでは、こうしたヘイトクライムは今後増えこそすれ減ることはないと思います。わざわざ日本から太平洋の距離を超えてまで「『ポリコレ』のせいだー」とかなんとか言ってる場合じゃないよまったく、それじゃあのオレンジ頭の思うツボだよ。