石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

ドラァグクイーンのヒーロー、学校に降臨―映画『ハリケーン・ビアンカ』感想

HURRICANE BIANCA

溜飲が下がりまくる現代の寓話

ゲイであるために学校をクビになった教員が、ドラァグメイクで「ビアンカ」なる女性として職場復帰。毒舌と奇策で学内の差別やいじめに反撃し、やがて学校全体を変えてしまうというコメディ映画。スカッと笑えて時々ほろりとさせられる、寓話的な良作です。

『ミセス・ダウト』でも『プリシラ』でもなく

この作品で非常に面白かったのは、ビアンカや彼女の女装の存在意義が「シスヘテロにとって役に立つかどうか」という点に置かれていないこと。女装やドラァグの要素に焦点を置いた映画で、こういうのってまだ貴重だと思うんですよ。

『トッツィー』や『ミセス・ダウト』では、女装はシスヘテロ男性主人公の仕事や恋愛を成功させたり、同じくシスヘテロ男性主人公が家族とのつながりを取り戻したりするためのお役立ちツールとして機能していました。『3人のエンジェル』で描かれるドラァグクイーンたちは、「シスヘテロの人々を勇気づける存在」でした。『プリシラ』だともう少し方向性が違っていて、「ほろ苦い現実の中、あらゆる人の生き方をたたえる」という色合いが強いと思うけれど――でも、映画の売られ方はやっぱり、「(わたしたち異性愛者のマジョリティが)元気をもらえる」という路線だったと思うのよ、少なくとも日本では。

でも、この『ハリケーン・ビアンカ』はそれらとはやや質を異にしています。主人公リチャード(ロイ・ヘイロック)がドラァグクイーンの「ビアンカ・デル・リオ」として大暴れするのは、決して「マジョリティ様のお役に立つため」ではありません。むしろその逆。彼女のカラフルなファッションも、ドラァグショウさながらの辛辣な物言いも、マジョリティの横暴に踏みにじられているマイノリティを助けるためにこそあるんです。

このお話の舞台となる学校は、科学よりキリスト教原理主義が重視される田舎町にあり、学内ではゲイのみならず障害者や非白人への差別も野放しにされています。ギャグに包まれてはいても、めちゃくちゃリアルですよどの描写も。どのシークエンスを見ても、「ああ、これと同じこと、あのニュースやこのニュースで見たわ」と現実の出来事を山盛り思い出してしまうほどです。そんな中、大胆不敵なビアンカが他のマイノリティたちと手を組み、差別的な教師やいじめっ子たちに思うさま逆襲していくという展開は、まったく痛快そのものでした。派手な言動に包まれたビアンカの主張が、よく見ると実にまっとうで、次第に生徒たちが感化されていくところもよかった。ビアンカは結局、誰かが言わなければならないことを言い、誰かがしなければならないことをしているだけなんですよね。

いくらか詰めが甘かったり(たとえば、セクハラ問題の扱いはわりと大雑把だと感じました)、話がうまく行きすぎたりしているところもないではないのですが、冒頭とエンディングの演出を見ればわかる通り、これは一種の寓話として作られているお話。これぐらいのゆるさでちょうどいいと、あたしは思います。

出演陣も豪華

日本のNetflixで予備知識ゼロ状態でこの作品を見たあたしがまず第一に驚かされたのは、本編が始まる前に出てくる狼マークのロゴでした。Wolfe Video(ウルフビデオ)の作品ですよ、これ。Wolfe Videoというのは北米最大のLGBT映画DVD販売/配信会社で、一握りの名作から大量のマイナー作品まで含む、非常に幅広いラインナップを誇るところ。なぜ知っているのかというと、うちにはWolfe Videoが販売しているレズビアン映画のDVDがほぼ全部揃っているから。

そんなわけで「マイナー率の相当高いこのレーベルからNetflixに入ったということは、よっぽど出来のいい映画なのでは」と思ったのですが、これが大当たりで、お話のみならず出演陣も立派なものでした。まず主演のロイ・ヘイロックは、映画と同じ「ビアンカ・デル・リオ」というドラァグ名で『ル・ポールのドラァグ・レース』シーズン6を制した実力者。そのつながりでか、ル・ポールもカメオで何か所か出演しています。他の出演者にはアラン・カミング(『キャバレー』)、レイチェル・ドラッチ(『サタデー・ナイト・ライブ』)、マーガレット・チョウ(『私はラブ・リーガル』)など。これだけ低予算テイスト漂う作品に、よくぞこれだけのキャストを集めたものです。みなさん演技も達者で、安心して見ていられました。

ギャグについて

この作品の笑いは基本的にキャムピィ。悪く言えばベタだとも言えるのですが、敢えて狙ってそうしているのだと思います。誘拐されたビアンカがある生き物と遭遇するくだりや、象徴的に繰り返されるハリケーン接近のイメージなどは特にドラァグクイーンのショウの雰囲気そのもので、全体としてよくできてました。

まとめ

あちこちにゆるさはあるけれども、全体としては充実度の高い、爽快感あふれる作品でした。「ゲイには独特のセンスや才能があり、それがマジョリティの役に立つのだから認めてあげましょう」みたいな親切ごかしの意見にうんざりしている人に、今一番おすすめしたい映画です。これは2016年の作品なんですが、さんざん笑わされながらも「ようやくこういう映画が出てくるようになったか」としばし感慨にふけってしまいましたよ、あたしは。