石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

すばらしいアップデート。おしゃれで深くて面白い!!~Netflix版リブート『クィア・アイ』シーズン1感想

Netflix

時代に即した好アップデート

ゲイ男性のチーム「ファブ5」がダサ男を変身させる米人気リアリティ番組『クィア・アイ』の、Netflix版リブート。オリジナル版のおしゃれさと面白さはそのままに、現代の風をたっぷりと吹き込んだ、よく考えられたシーズンでした。

11年で変わったもの・変わらないもの

エピソード1で、クライアントの白人中年男性が新ファブ5に「君たちは結婚してる?」と息をするように訊くところにちょっと驚かされました。こういうところは、いかにも2018年です。オリジナル版(2003-2007)のころなら、考えられなかったよね。そしてこの後、相手が既婚ゲイだと知った彼が、続けて「君は夫? 妻」と質問してしまうあたりは、さらに興味深いと思いました。さしずめ、これが今という時代の限界。異性愛者がゲイカップルも「夫」と「妻」で構成されているのだと思い込めるのって、ヘテロのやり方こそ社会の基準と信じていられるだけの特権がまだ温存されているってことですもんね。

ここでゲイたちがすかさず「性差別的」「私もよく聞かれるわー。どっちでもいいじゃない」などと突っ込んでいくあたりが、本作品全体のトーンを象徴していると思います。明るく軽快なエンタテインメントでありながら、この社会が11年のあいだに勝ち得たものといまだに戦っているものをさりげなく見せてくれる番組、それがこの新生『クィア・アイ』なんです。

「受け入れる」のは誰なのか

配信開始前から、当番組クリエイターのデイヴィッド・コリンズは、オリジナル版『クィア・アイ』が寛容(tolerance)を求める戦いだとしたら、このリブート版は受容(acceptance)を求める戦いだと発表していました。てっきりヘテロのゲイに対する接し方の話かと思いきや、違ってました。もちろん反ホモフォビアのメッセージもあるけれど、それ以上に、もっと幅広い意味での「人が人を受け入れること」を描いた番組なんです。

そのひとつが自己受容。これについてはグルーミング担当のジョナサンがいくつも名台詞を口にしています。たとえば、長らくぼうぼうの長髪と髭に顔を隠して生きてきた引っ込み思案のクライアントに彼がかけることばは、こう。(以下、台詞の日本語訳はすべてみやきちによります)

弱い自分を許容すること以上に、きみの強さを見せるものはないよ。

Allowing yourself to be vulnerable is the biggest show of strength.

そして「自分は不細工な年寄りだ」と恥じている男性には、こう。

……生まれつきがどういう風であろうと、どんな外見であろうとできることがひとつだけあるわ。自分でコントロールできて、でも、自分で取り組まなくちゃいけないこと。それは自分への信頼よ。自信はセクシーなの。本当の自分を知るってことは、セクシーなのよ。

...no matter how anyone is born, whatever anyone's appearance is, there's only so much you can do. One thing you have power over, but you have to work at it, is confidence. Confidence is sexy. Knowing who you are is sexy.

このふたり以外に対しても、ファブ5はクライアントをただ外からいじって着せ替え人形のように変えようとはしません。彼らがクライアントに求めるのはいつも、本当の自分を受け入れて自分自身を愛情で包むこと、好きなものを表現していいのだと気づくこと、自分のことを大切に思ってくれる人から助けてもらうことを恐れないこと。つまりは自己受容。これがまず、新『クィア・アイ』で描かれている受容のひとつです。

二つ目は、ファブ5から他者への受容です。今シーズンの舞台はすべて、共和党優位で、とてもLGBTフレンドリーとは言い難い南部の州ジョージア。しかも変身させる対象にはトランプ支持の白人警官や、子供が6人もいる敬虔なクリスチャンが含まれています。ちなみにファブ5には南部のホモフォビアと人種差別を肌で知っている黒人ゲイ、カラモ(カルチャー担当)もいれば、子供のころ毎日教会に通い、「ぼくをゲイにしないで」と泣きながら神様に祈っていたボビー(インテリアデザイン担当)もいたりします。これで緊張が生じないわけはありません。

でも、ファブ5は自ら壁を壊していくんです。相手を尊敬し、率直にことばを交わし、自分(たち)の受けてきた抑圧と恐怖を隠さず伝えながら、彼らはクライアントとの共通点をつかんで心を開いていきます。いったいにゲイが主役の番組というと、「ゲイが受け入れてもらうこと」ばかりが注目されがちですが、ゲイの側にだって「レッドネックの警官はこうだ」とか「クリスチャンはこうだ」とかいう思い込みはあるんだよね。そこから目をそらさないところが斬新で面白いと思いました。

そして三番目は、クライアントからファブ5たちへの受容。前述の白人警官はカラモと1対1で真剣に話し合ったことを「(ファブ5と過ごした1週間の)全部の中でいちばんよかった」と目を赤くして語っているし、クリスチャンの回ではファブ5も大泣き。シーズンフィナーレの消防署の回も大変良いので、これからご覧になる方はお楽しみに。もちろん、「こういう番組に出る人なら最初からゲイフレンドリーに決まってる」と斜に構えて見ることは可能かもしれませんが、人と人との間の偏見やわだかまりって、そこまで単純なものではないと自分は思ってます。

ステレオタイプも徹底破壊

リブートの制作が発表されたとき、あたしは「ファブ・ファイヴを便利なお助け妖精さん的な存在でなく、過去も私生活もあるユニークな個々人として丁寧に描くということならすごくうれしいんだけど」と書きました。ふたを開けてみたら、本当にその通りのシリーズになってました。ファブ5の5人が5人とも、「オシャレで楽しくてヘテロの役に立つゲイ」という完全パッケージで突然地上に舞い降りた存在ではなく、それぞれ別々の人種や、民族や、生育過程に裏打ちされた個性を持ち、さまざまな失敗もしてきた生身の存在として描かれていたと思います。

お役立ち度は相変わらず

誰でも簡単に真似できそうなグルメやファッションやインテリアのTipsがてんこもりなところは、オリジナル版と同じ。とりあえずアントニ(グルメ担当)の教えるハニーマスタードソースのホットドッグやアボカドとグレープフルーツのサラダは、すぐにでも作ってみたいと思っています。あと心に刻まれたのは、腰痛にはマニフレックスがいいということ。ベッドマットの買い替え時に検討しよう。

唯一の難点

日本語吹き替えが最悪です。Netflixの日本語吹き替えはときどき極端に質が低いものがあり、ドラマ『ジプシー』などがその典型ですが、『クィア・アイ』の日本語音声の棒読みっぷりは『ジプシー』よりさらにひどいと思いました。正直、時間か予算の都合でプロの声優が手配できず、演技経験ゼロのNetflix社員が因果を含められて無理やり吹き替えをやらされたんじゃないかとすら思ったほど。

特にひどいのが、オネエ言葉の部分。英語音声では別にオネエ言葉でしゃべっていない部分まで変にオネエっぽくされていたりする(なんなのあれ? ゲイなら全員オネエだとでも?)上に、ド下手くそなのよそのオネエ言葉が!! なまぬるくてキレがなさすぎて、聞いてて鳥肌立ってくるのよ!! 三ツ矢雄二さんクラスのベテランを連れてこいとまでは言わないけど、あそこまで素人臭い吹き替えをつけてリリースするぐらいなら、いさぎよく字幕のみにするべきだったと思います。

まとめ

旧作のよさに現代ならではのメッセージをたっぷりと盛り込んだ、すばらしいリブート。単純にエンタテインメントとしても楽しいし、それでいてポスト・トランプの時代にこの番組を復活させた意味もよくわかるという、ちょっとひねった内容になってました。大根そのものの日本語吹き替えは問題だけど、英語音声+日本語(またはお好きな言語の)字幕で見れば大丈夫。シーズン2の制作発表はまだか。