石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』原作本訳書の帯がひどい(追記あり)

Orange Is the New Black: My Year in a Women's Prison

OITNB原作本の訳書の帯で、レズビアンがひどい書かれ方をされてます。(そんな本じゃないはずなのに)

Netflixドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の原作となったノンフィクション、Orange Is the New Black: My Year in a Women's Prisonの訳書が2018年4月に出るんだそうです。翻訳者さんがTwitterに上げた書影の帯が最低です。

なんだよ「いじめ、セクハラ、人種差別、レズの誘惑……女たちの獄中サバイバル!」って。これじゃまるで、本書の中の女性同性愛者が「いじめ、セクハラ、人種差別」と並ぶ有害な脅威であるかのようじゃないですか。この本は英語で数回読み返したし、オーディオブックも聴いたし、ドラマも全シーズン見てますが、全然そんな話じゃありませんよ。実際には、著者のパイパー・カーマン(ドラマのパイパー・チャップマンに相当)は獄中で「レズの誘惑」に怯えたりしていません。そもそも女性同性愛者を「レズ」などという軽蔑的な略語で呼んだりもしていません。

英語版には「レズの誘惑」の脅威なんてありません

以下、原書のkindle版で内容を再確認しつつ、この本に「レズの誘惑」という煽り文句をつけるのがなぜおかしいのかについてしつこく書きます(引用文の日本語訳は、みやきちによるやっつけ訳です)。

  • パイパー・カーマンは刑務所に入る前にもうガールフレンドのノーラ・ジャンセン(ドラマのアレックスに相当する人物)とつきあっていて、自分のことをレズビアンだと考えていました(p. 23)。その後男性婚約者のラリーと付き合いだしてからの自認は、「元レズビアン」(p. 32)。たとえ一時でも自分をレズビアンとみなして女性と恋愛していた女性が、今更ホモフォビックな異性愛者よろしく「レズの」誘惑におびえるか!? 第一そんな描写、原作のどこにもないのよ?
  • パイパーが第8章でモレナというスペイン語なまりの入所者に言い寄られて全力で嫌がる場面(p. 135)こそありますが、それはモレナが女性を愛する女性だからではありません。目つきがクレイジーで(だから彼女のあだ名は『クレイジーアイズ』p. 133)、挙動も怪しくて、他の入所者の間でも評判がすこぶる悪い人だったからです。あと、パイパーは自分の寝棚ではひとりで過ごしてプライバシーを保ちたいと思っていた(p. 134)から。
  • ドラマ版のヒーリーに相当する人物が、ドラマ同様パイパーに「レズビアンに気をつけろ」「レズビアンセックスはするな」と忠告する場面は原作本にも出てきます(p. 95)。しかし、ここで使われているのは特に蔑称でもなんでもない"lesbian"という語です。"dyke"でも"fag"でも"homosexual"でもないのよ。このニュアンスの差を無視して、なんで日本語ではいきなり「レズ」という蔑称をもってくるのさ。
  • パイパーは刑務所内で実際に見聞きした女性同士のロマンスについて、以下のように書いています(p. 93)。これらの描写から言っても、帯であたかも刑務所内の同性愛がパイパーにとって「サヴァイヴ」しなければならない困難であったかのようにほのめかすのは変です。
    • 「『そういう風な』(訳注:刑務所内で女性同士でつきあっている、の意)女性たちが恐いとは全然思わなかった。正直な話、彼女たちが『本物のレズビアン』に近い存在だとすら思えなかった。職員のスコットが言っていたように、『入所中だけ同性愛者』という人たちなのだ。ちょうど大学で言うところの『卒業するまで同性愛者』の刑務所版だ」(p. 93)
    • 「わたしが目にした恋愛関係の多くはレズビアンというよりはスクールガールのときめきのようなもので、1~2か月以上続くカップルは稀だった」(p. 93)
  • そもそもパイパーはノーラと付き合い始める前からも、「本物のレズビアン」と悪感情なく接していた人です。パイパーがノーラと知り合ったのは、パイパーのゆるいつながりの知人の中に「ありえないほどスタイリッシュでクールな30代なかばのレズビアンたち」(p. 4)がいて、その「世知にたけた、洗練された」(p. 4)レズビアンのうちのひとりがノーラだったからです。

レズビアン=性的プレデターという偏見

原作にはひとつも書いてない「レズの誘惑」の脅威を帯に書き込むというのは、結局「レズビアンは異性愛者女性を付け狙う性的プレデター」という古典的な偏見を利用してエロ目当ての購入を増やそうという試みなのだと思います。でもね、いち同性愛者として言わせてもらうと、傷つくんですよそういうセクシャルな偏見。ミシェル・オバマじゃないけど、It hurts. It hurts. It’s like that sick, sinking feeling you get なのよ。

あの世界中のレズビアンから高い評価を集めているドラマ、同性愛者の書き方がフェアでホモフォビアを真正面から批判しているドラマの『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』原作本を、こともあろうにこんな風に売ろうとするだなんてね。あたしらを踏み台にして小金を稼いで、それで満足かよ駒草出版とやら。

たった3文字を惜しんで「レズビアン」を「レズ」と書くことの問題

これについては以前以下で詳しく書いたので、リンクを貼っておきます。

まとめ

『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』原作本は、パイパーが「レズの誘惑」をサヴァイヴする話などではありません。訳書の帯の文言は社会の偏見に安易に乗っかったもので、有害です。

もう英語で読もうぜ、その方がいいよ。あたしは本書の翻訳者、村井理子さんの書かれるもののファンで、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』も持ってて、Twitterで拝める黒ラブのハリー君の愛らしさにもメロメロで、その村井さんが女性刑務所のノンフィクションを手掛けておられると知ったときは「ひょっとしてOITNBかも」と楽しみにしてたんですよ実は。でもこんな売られ方をしている本には1円だって落とせないし、英語で読める人にはできる限り英語で読んでほしいと思います。

パイパー・カーマンの文はちょっと気取ってるところもあるけれど読みやすいし、オーディオブックもよかったですよ。あたしのおすすめは、Kindle版(日本のAmazonでたったの530円!)で文面を追いながら同時進行でオーディオブック(Audibleで$16.78。MP3 CDだと$23.02)を聴くという読み方です。目と耳から同時に情報が入ってくると、理解度が飛躍的に上がるからです。

なんかもう、個人的に「英語で読みたいけど読めるかどうか自信がない」という人からメール相談を受け付けてでも、あるいは英語で読みたい人を募ってワークショップのひとつも開いてでもいいから、英語のままで読む人を増やしたい気持ちでいっぱいです。海外の特に偏見のないレズビアン描写を含むコンテンツが、日本語化に際してあっさり偏見まみれにされるというのはよくあることで(例:上記『パレードへようこそ』の日本語字幕とか、映画『ウーマンラブウーマン』のDVDジャケット&宣伝文句とか)、だからこういうことにはある意味慣れっこなんだけど、2018年になってもこれじゃ、もう今後の進歩も改善もたいして期待できないと思うのよ。いちいちくだらんジャパニーズ偏見をまぶされたものを高いお金を出して買わなくても、英語のままで良質なコンテンツを楽しめるという人を増やしたいし、それにはどうすればいいんだろうかと今考え込んでいます。

Orange Is the New Black: My Year in a Women's Prison

Orange Is the New Black: My Year in a Women's Prison

追記(2018年3月27日)

本書の翻訳者の村井理子さんが出版社まで連絡してくださり、出版社から訂正・修正するとの発表がなされました。迅速なご対応に感謝いたします。