石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

ジェンダーフルイドな王子のクィアなラブロマンス~漫画『The Prince and the Dressmaker』(Jen Wang著、First Second)感想

The Prince and the Dressmaker

ジェンダー観が新しいラブロマンス

ドレスが着たい王子セバスチャンと、極秘で彼を助けるお針子フランシスのロマンスを描くコミック。王子が日によって性自認が変動するジェンダーフルイドな人であるところが新しいし、恋愛要素もクィアでよかったです。絵柄もすごくキュート。

性の流動性と変身の物語

「ドレスが着たい男の子」というと、すわ男性ボディーで「心が女」なキャラクターの話かと誤解されそうですが、違うんです。それがよくわかるのが、セバスチャンがフランシスに吐露するこの台詞(p. 44)。

「鏡に映る自分を見て、『これがぼくだ、セバスチャン王子だ! 男物の服を着て、父さんに似てる』と思う日もある。それが全然しっくりこない日もある。そういう日には、こんな気がするんだ。自分は実は……王女なんだ、って」

Some day I look at myself in the mirror and think, "That's me, Prince Sebastian! I wear boy clothes and look like my father. The other day it doesn't feel right at all. Those days I feel like I'm actually......a princess."

セバスチャンは自分の男性性も、王子であることも一度も否定していません。彼はただ、日によって王子でも王女でもありうるという流動的なアイデンティティーを持っているだけ。つまり、ジェンダーフルイド(gender fluid)であるだけ。これ、すごく画期的な設定だと思うんですよ。ジェンダーフルイドな若者は増えているのに、フィクションに登場する性的少数者のティーンはまだまだゲイや、男女どちらか一方の性自認を持ったトランスジェンダーが主体ですから。

父のように武張った王にはなれそうもないと悩むセバスチャンは、やがてフランシス作の女物のドレスで「レイディ・クリスタリア」なる謎の美女として社交界デビューし、ファッションアイコンになっていきます。でも、ここでもやはり、それがセバスチャンの「真の姿」だとか、セバスチャンには王より社交界の華が向いているのだとかいうような描き方はされません。クリスタリアはあくまでセバスチャンの「よりビッグでアメイジングな」(p. 74)姿であり、一国を率いる力量すらある「女神バージョンの自分自身」(p. 74)なんです。つまりセバスチャンにとってのフェミニンなジェンダー表現(gender expression)とは、セーラームーンにとっての変身アイテムのようなもので、これはトランスジェンダーというよりトランスフォーメーションの物語であるわけ。

そうは言ってもセバスチャンの苦悩は深く、ショッキングな展開も出てきたりはしますが、その中でも「自由なジェンダー表現は人をよりすばらしくする」というメッセージが最後まで揺らがないところがとてもいいと思いました。特に後半で意外な人物が意外なジェンダー表現で場をさらうあたりは必見。別にジェンダーフルイドなひとでなくても、ボディーの性別と性自認とジェンダー表現を「男」「女」のどちらか一択で揃えて固定する必要はないのだ、むしろ固定しないことで生まれる強さや美しさがあるのだということを伝える名シーンだと思います。

ロマンス部分もクィア

フランシスがセバスチャンへの恋心を自覚しはじめる瞬間が、彼がクリスタリアの姿をとっている場面だというところが面白いと思いました。別にフランシスがレズビアンで、女性としてのクリスタリアに恋をしたとかいう文脈では全然ないんですよ。そもそもフランシスの性的指向についての言及は一度もないし、これはジェンダー云々以前にただその人がその人であるから恋をしたという場面なのだと思います。このあたりの表現にも、ミレニアル世代よりさらに新しい、ジェネレーションZの時代の風を感じました。

力強くキュートな絵柄

描線がとても力強く、かつ色っぽく(巻末のメイキングのページによると、デジタル作画ではなくコリンスキーセーブル筆を使って描いているんだそうです)、キャラの表情も豊かです。フランシスとセバスチャンが互いにどんどん惹かれあっていくくだりなど、双方の表情が切ないわ可愛らしいわで大変なことになってます。コマ割りや画面構成にはどこか日本の漫画の文法も入っているような雰囲気があり、アメコミ慣れしていない日本の読者にも読みやすそう。

残念だったところ

唯一残念だったのは、セバスチャンにくらべてフランシスの内面の掘り下げが少ないところ。とってもいい子で勤勉で斬新なデザインセンスを持っていることはわかるんだけど、特に欠点や弱点がなく、来歴すらよくわからないところが物足りない感じでした。ドラえもんにだって「ネズミが大嫌い」「ドラ焼きが好き」のような特徴があるんだから、フランシスにももう少し、セバスチャンを助ける特殊能力(ドレス作り)以外のところでの特徴を作ってやってほしかったです。

まとめ

ひとことでいうと「ジェンダー・アイデンティティーやジェンダー表現の自由さはその人の大きな力となる」というテーマのコミックであり、性別二元論が過去の遺物となりつつある今のカルチャーを色濃く反映する作品だと思いました。フランシスのキャラ設定はもう少しふくらませる余地があるように思うけれど、総じてかわいらしくダイナミックなラブロマンスとして楽しめる一冊だと思います。生まれたときに割り振られた性別と、性自認と、好きになる相手のジェンダーと、自分のやりたいジェンダー表現のうちのどこかが不一致だとか、変だとか思っている若い子にこそ読んでほしいなあ。

The Prince and the Dressmaker

The Prince and the Dressmaker