石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

大人もがっつり励まされる百合ロマンス~漫画『Princess Princess Ever After』( Katie O’Neill著、 Oni Press)感想

Princess Princess Ever After

かわいくてエンパワメントになるラブストーリー

偶然出会ったふたりの王女、アミラとセイディが助け合い、冒険し、最後に結婚するというあらすじのグラフィックノベル。児童向け作品であるため語り口こそ平易ですが、スーパーキュートでかつクィア、フェミニズムの要素もばっちりです!

花のメタファーに注目

これは夜空に月がふたつある、つまり地球とは別の世界の物語。高い塔に閉じ込められていた王女セイディは、ある日、英雄志望の旅人アミラに助け出されます。アミラもまた他国の(元)王女で、ふたりはアミラのユニコーンにまたがって一緒に旅をすることに。さまざまな出会いと冒険を経て、ふたりは成長し、愛を深め、最終的に結婚します。王子様も何人か出てきはしますが、ご安心を。彼らは最後まで脇役です。

女性同士の恋愛描写に関してこの作品が面白いのは、アミラとセイディの間の愛が常にバラの花のメタファーで表されているところ。最初は単なるギャグかとも思ったんですよ、アミラが冒頭でセイディに呼びかける「麗しきおとめよ、お泣きめさるな。助けに参りましたぞ」という紋切型の台詞にバラの絵がペタペタくっつけられていて、セイディから冷たく「その自動的に生えてくるバラをどっかに片づけて」と言い返されているから。しかしよく見ると、このバラの花というモチーフは、その後もお話の中でふたりの心が触れ合うたびに必ず画面のどこかに登場しているんです。たとえば、塔から落ちそうになったアミラをセイディがとっさに助ける場面とか、セイディからあることを言われてアミラが頬を染める場面とか、自信のないセイディをアミラが励ます場面とか。つぼみから花びら飛び交う満開の花園まで、表現の幅も多彩です。

子供向けの作品だということもあってか、ベタな口説き文句や愛のささやきなどはないし、実は最後までキスシーンすらないんですよ、このグラフィックノベル。でも、これらのお花の描かれ方を追っていくだけで、ふたりのロマンスの盛り上がりは手に取るようにわかります。かわいらしい上に、なかなか気の利いたやりかただと思いました。あ、ちなみに、日本の一部の百合作品にありがちな「女の子同士なのにうんちゃらかんちゃら」みたいなホモフォビックな台詞もひとつもないので、そういうのが苦手な方にも安心です。

フェミニズムの要素もばっちり

ふたりの王女を苦しめていたものは、この現実世界の読者たちにとってもめちゃくちゃ身近なものばかりです。アミラにとってのそれは、親による「国や家族の役に立つには好きでもない男と結婚するしかないと教え込み、人生の選択肢を奪う」という行為でした。そして、セイディにとってのそれは、姉による「おまえは愚かだ、弱い、太っているなどと言い聞かせて自尊心を削り、力を奪う」という策略。女ならだれでも受けまくっている圧力ですよね、これ。だからこそ、アミラが自分の居場所は自分で作ると決めて家を飛び出す場面や、セイディがクライマックスで泣きながら姉に言い返すことばが余計に心に響きます。ものすごくエンパワメントになるわ、これ。

アミラとセイディの結婚が、「悪い奴を殺して王女を助けた若者が、助けたご褒美として王女をめとる」というおとぎ話の定番パターンに全然あてはまってないところもいいと思いました。アミラは英雄志望だけれど誰も殺してないし(一つ目巨人やケルベロスのエピソードが特によかった)、セイディーだって、無力な助けられ係でも、ましてや意志なきトロフィーでもないんです。英雄であるために覇権的な/有害なマスキュリニティを発揮する必要などないということを、この物語は描いているのだと思います。

その他

  • アミラが褐色の肌、セイディが白い肌を持っていることと、ふたりの名前がそれぞれ「王女」という意味を持っている(アミラはアラビア語、セイディはヘブライ語に由来)ところが興味深かったです。これはおそらく、人種や国に限定されない話にしたいという狙いあってのことではないかと。
  • 小さい子が読むお話(Grades 2-5)なので、難しい単語が全然出てこなくて、英語のノンネイティブスピーカーにとっても読みやすいと思います。言い回しを子供向けにするため"f**k"(ちくしょう)が"fudge"になっていたり、"kick-ass"(すっげーカッコいい)が"kick-butt"と言い換えてあったりするのもまた一興。

まとめ

百合が好きな人のみならず、世のセクシズムに悲しい思いやくやしい思いをさせられているすべての人におすすめできる良作だと思います。伊達にアメリカ図書館協会(ALA)の2017年度レインボー・ブック・リストのトップ10入りしてないわ。邦訳も出すべきだわ。

Princess Princess Ever After

Princess Princess Ever After