革命下のヴェルサイユでの思慕と恋
マリー・アントワネットの朗読係だった女性・アガートの視点で、フランス革命下のヴェルサイユを振り返る歴史小説。「美」の王国たる宮殿内を舞台に、アガートから王妃への思慕と、王妃とポリニャック公爵夫人の同性愛とも噂される関係が描かれます。レズビアニズムはブノワ・ジャコ監督による映画版ほど明確には押し出されていないものの、お話の通奏低音はまちがいなく百合。悲劇の王妃のイメージをがらりと変えうる、壮麗かつ哀切な小説です。
アガートの一目惚れ、そして思慕
白状します。もう濃厚なレズビアン描写とか全然なくていいです。アガートからマリー・アントワネットへの敬愛と思慕だけで、余裕でごはんが3杯いけます。15歳で外国の宮廷に嫁いできた孤独で無邪気なマリー、政治よりも可愛らしいものに夢中で、布地や刺繍に恋をしてしまうマリーに初めて拝謁したときの、アガートの反応はこう(pp. 18-19)。
初めて王妃の姿を見た私は、驚くほどの恍惚状態に陥ったのである。それは、まるでこの世のものとは思われず、まったく偶然に降ってきた光景のようだった。
炎が動くのを見た、そう私は思った。
どう考えてもこれは一目惚れ。という読みは当たっていたようで、この後アガートは王妃の使っている香油の香りや、布地の見本に夢中な王妃の愛らしさについて、恋するものの情熱をこめてこまやかに語っていきます。中にはこんな性的ニュアンスをたたえた場面(pp. 41-42)も。
それから王妃は、うわの空でレースのボンネットをお脱ぎになった。輝くばかりの金髪が枕の上にふんわりと落ち、部屋じゅうに強いジャスミンの香りが広がった。片ほうの肩があらわになっていた。私は魅了され、身動きができなくなった……。立ち去る決心がつかなかったのだ。王妃に何を求めているのかはわからなかったが、私はいつでもそれ以上の何かを期待していた。
もちろん身分の違いや時代性から、この想いは心に芽生えた瞬間から実らぬものであることを運命づけられています。それを象徴する場面はふたつあり、ひとつはふたりが『フェリシー』を読むところ。もうひとつはクライマックス。読み込めば読み込むほど単なる崇拝や憧れを越えた悲恋にしか見えなくなってくるという、魔術的な筆さばきをご堪能あれ。
王妃とポリニャック伯爵夫人
ポリニャック伯爵夫人ことガブリエル・ド・ポリニャックは、マリー・アントワネットの数少ないお気に入りだった人物。王妃からのあまりの寵愛っぷりに、実際に同性愛の噂があったんだそうですね。この小説は表面的にはその噂を白とも黒とも断定せず、それでいて、平然とこんな場面(pp. 215-216)を登場させています。
ガブリエル・ド・ポリニャックは王妃の上に乗り、王妃の両腕を床に押しつけていた。王妃は、友の身体の下でもがいていた。その勝者の位置から、ガブリエルをのけようとしていたのだ。
「さあ、おっしゃってください」と、ガブリエルは息せき切って入った。「さあ、おっしゃって。『あなたの勝ちです。あなたのほうが強い』と」
「いやです。そんな嘘は絶対に言えません。あなたは残酷な人ね。恥知らずの方法をおつかいになって」
王妃はそのとき、こらえきれないように笑いだし、抵抗することなどとてもできなくなった。
どう考えても百合! 百合よ!
しかしこの小説がもっとも百合百合しいのは、こうした身体的接触の場面ではありません。ポリニャック伯爵夫人が史実通り王妃を置いてヴェルサイユを発つ場面、ここが最大の見どころです。後世に言われるような「浪費家の悪女」ではない、もっと生身の痛々しいマリー・アントワネット像が、ここに凝縮されています。プロローグでアガートが言う「私にとっての王妃の顔」(p. 15)は、まさしくこの瞬間の王妃のことを指していたのではないかと。
あ、ちなみにフェルセン(ベルばらのフェルゼンのモデル)は登場しません。厳密に言うと、序盤で1回名前が出てくるだけです。そのあたりから見ても、この小説にはやはり隠れたレズビアン・テーマがあると思うんですよね。
映画版はこんな感じ
映画版(邦題:『マリー・アントワネットに別れをつげて』)はこんな感じです。ご参考まで。
まとめ
史実を緻密に織り込んだタペストリーの中にほのかにレズビアン・テーマを浮かび上がらせてみせるという、奥ゆかしくも百合百合しい傑作でした。あまりにもよかったので、映画版のDVDも買おうと思ってます。
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